日本バプテスト 福岡城西キリスト教会・西福岡のぞみキリスト教会

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1217 主日礼拝
10:30 - 12:00

メッセージ(説教)
亀井良雄協力牧師


メッセージ「死の陰に座している者たち」
 
聖書箇所:
新約聖書 
ルカによる福音書1章78節~79節より

1:78 これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、
1:79 暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。
る。」


今週の聖書のページ

ルカによる福音書1章
◆献呈の言葉

1:1 -2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。
1:3 そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。
1:4 お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。
◆洗礼者ヨハネの誕生、予告される
1:5 ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司にザカリアという人がいた。その妻はアロン家の娘の一人で、名をエリサベトといった。
1:6 二人とも神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった。
1:7 しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。
1:8 さて、ザカリアは自分の組が当番で、神の御前で祭司の務めをしていたとき、
1:9 祭司職のしきたりによってくじを引いたところ、主の聖所に入って香をたくことになった。
1:10 香をたいている間、大勢の民衆が皆外で祈っていた。
1:11 すると、主の天使が現れ、香壇の右に立った。
1:12 ザカリアはそれを見て不安になり、恐怖の念に襲われた。
1:13 天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。
1:14 その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。
1:15 彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、
1:16 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
1:17 彼はエリヤの霊と力で主に先立って行き、父の心を子に向けさせ、逆らう者に正しい人の分別を持たせて、準備のできた民を主のために用意する。」
1:18 そこで、ザカリアは天使に言った。「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」
1:19 天使は答えた。「わたしはガブリエル、神の前に立つ者。あなたに話しかけて、この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされたのである。
1:20 あなたは口が利けなくなり、この事の起こる日まで話すことができなくなる。時が来れば実現するわたしの言葉を信じなかったからである。」
1:21 民衆はザカリアを待っていた。そして、彼が聖所で手間取るのを、不思議に思っていた。
1:22 ザカリアはやっと出て来たけれども、話すことができなかった。そこで、人々は彼が聖所で幻を見たのだと悟った。ザカリアは身振りで示すだけで、口が利けないままだった。
1:23 やがて、務めの期間が終わって自分の家に帰った。
1:24 その後、妻エリサベトは身ごもって、五か月の間身を隠していた。そして、こう言った。
1:25 「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました。」
◆イエスの誕生が予告される
1:26 六か月目に、天使ガブリエルは、ナザレというガリラヤの町に神から遣わされた。
1:27 ダビデ家のヨセフという人のいいなずけであるおとめのところに遣わされたのである。そのおとめの名はマリアといった。
1:28 天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」
1:29 マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。
1:30 すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。
1:31 あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。
1:32 その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。
1:33 彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
1:34 マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」
1:35 天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。
1:36 あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。
1:37 神にできないことは何一つない。」
1:38 マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。
◆マリア、エリサベトを訪ねる
1:39 そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
1:40 そして、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。
1:41 マリアの挨拶をエリサベトが聞いたとき、その胎内の子がおどった。エリサベトは聖霊に満たされて、
1:42 声高らかに言った。「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています。
1:43 わたしの主のお母さまがわたしのところに来てくださるとは、どういうわけでしょう。
1:44 あなたの挨拶のお声をわたしが耳にしたとき、胎内の子は喜んでおどりました。
1:45 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
◆マリアの賛歌
1:46 そこで、マリアは言った。
1:47 「わたしの魂は主をあがめ、/わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
1:48 身分の低い、この主のはしためにも/目を留めてくださったからです。今から後、いつの世の人も/わたしを幸いな者と言うでしょう、
1:49 力ある方が、/わたしに偉大なことをなさいましたから。その御名は尊く、
1:50 その憐れみは代々に限りなく、/主を畏れる者に及びます。
1:51 主はその腕で力を振るい、/思い上がる者を打ち散らし、
1:52 権力ある者をその座から引き降ろし、/身分の低い者を高く上げ、
1:53 飢えた人を良い物で満たし、/富める者を空腹のまま追い返されます。
1:54 その僕イスラエルを受け入れて、/憐れみをお忘れになりません、
1:55 わたしたちの先祖におっしゃったとおり、/アブラハムとその子孫に対してとこしえに。」
1:56 マリアは、三か月ほどエリサベトのところに滞在してから、自分の家に帰った。
◆洗礼者ヨハネの誕生
1:57 さて、月が満ちて、エリサベトは男の子を産んだ。
1:58 近所の人々や親類は、主がエリサベトを大いに慈しまれたと聞いて喜び合った。
1:59 八日目に、その子に割礼を施すために来た人々は、父の名を取ってザカリアと名付けようとした。
1:60 ところが、母は、「いいえ、名はヨハネとしなければなりません」と言った。
1:61 しかし人々は、「あなたの親類には、そういう名の付いた人はだれもいない」と言い、
1:62 父親に、「この子に何と名を付けたいか」と手振りで尋ねた。
1:63 父親は字を書く板を出させて、「この子の名はヨハネ」と書いたので、人々は皆驚いた。
1:64 すると、たちまちザカリアは口が開き、舌がほどけ、神を賛美し始めた。
1:65 近所の人々は皆恐れを感じた。そして、このことすべてが、ユダヤの山里中で話題になった。
1:66 聞いた人々は皆これを心に留め、「いったい、この子はどんな人になるのだろうか」と言った。この子には主の力が及んでいたのである。
◆ザカリアの預言
1:67 父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した。
1:68 「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を。主はその民を訪れて解放し、
1:69 我らのために救いの角を、/僕ダビデの家から起こされた。
1:70 昔から聖なる預言者たちの口を通して/語られたとおりに。
1:71 それは、我らの敵、/すべて我らを憎む者の手からの救い。
1:72 主は我らの先祖を憐れみ、/その聖なる契約を覚えていてくださる。
1:73 これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、
1:74 敵の手から救われ、/恐れなく主に仕える、
1:75 生涯、主の御前に清く正しく。
1:76 幼子よ、お前はいと高き方の預言者と呼ばれる。主に先立って行き、その道を整え、
1:77 主の民に罪の赦しによる救いを/知らせるからである。
1:78 これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、
1:79 暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。」
1:80 幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた。


先週のメッセージ 西福岡のぞみキリスト教会

2017年12月3日(日)主日礼拝

亀井良雄協力牧師

「暗闇に光を照らす」      
 
説教聖書箇所
新約聖書 マタイによる福音書4章12節~17節 
4:12 イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。
4:13 そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。
4:14 それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
4:15 「ゼブルンの地とナフタリの地、/湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、/異邦人のガリラヤ、
4:16 暗闇に住む民は大きな光を見、/死の陰の地に住む者に光が射し込んだ。」
4:17 そのときから、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。


招きの詞新約聖書 ヨハネによる福音書1章1節~5節
1:1 初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
1:2 この言は、初めに神と共にあった。
1:3 万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。
1:4 言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
1:5 光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。
る。」

  
  皆さま、お早うございます。秦君、久しぶりに来てくれて、しかもクリスマス・アドベントに入る朝に「秦君が登場した!」という感じで本当に嬉しいです。今日からローソク一本に火が灯ってクリスマスを待つ感じです。今朝は「光」という事でお話をしたいと思います。「暗闇に光が射して来た」というのはクリスマスによく使われる聖書の言葉です。暗い中で光が在るのはホッとする気持ちになります。或はイエス誕生の時に3人に博士たちが一つの星に導かれてやって来ます。その一つの星の光も有ります。光を希望として仰ぐのですが、仰ぐ光ではなく、私たちの進むべき前を照らしてくれる光を感じたのです。それは先月23日に上野英信氏についての話を聞きに行きました。先日犬養先生からのチラシをお知らせしたものです。今年が彼の没後30年の節目の年で在る事から企画されたものです。上野氏は筑豊炭鉱の闇の部分、坑道の奥深い世界に働く炭鉱夫たちの状況を克明に明るみに出してくれました。その時に感じた事が、これなのです。光に照らされた暗闇の側、それが見える様に成る事が光が射して来たので起るのだと気が付いたのです。そう思う様になったのです。

 上野英信氏は知られざる炭鉱の闇の中で名も知れず働いて死んで行った様な鉱夫たちの悲劇、エネルギー革命で使い捨てされる鉱夫たちの世界を、手探りで探って行かれた方です。図書館で記録を調べて書かれた訳ではありません。多くの人々を訪ねて状況を聞き取って居られます。更に筑豊だけでなく、沖縄の炭鉱で働いていた人とも交流されて、出身地の筑豊に帰って来られるためにも尽力されています。今まで外の人は誰も知らなかった暗い闇の世界、闇の奥に沈んでしまった世界を上野氏は掘り起こし、光を当てて記録された、そう思います。こういう事は他にも居られます。毎年、のぞみに来て頂いている犬養先生も、近い所では長崎の軍艦島にも在った闇の世界、そこで働いていた朝鮮から連れて来られた人々の事を犬養先生は調べられて、昨年でしたか、そのプリントを皆さまにもお配りしたと思います。

 それとか足尾銅山事件でそこで潰されていく人々と共に正義を貫かれた田中正造氏もそうでしょう。国や経済界が利益のために農民たちを潰していく闇の権力の世界に立ち向かわれました。鉱毒を隠すために村全体を水の下に沈めて終う様な闇の権力の世界に光を当てて、その非人間的な力と戦って闇を掘り出されました。今まで私は、こちら側に闇の世界が広がっていて大変だ、そこに反対側に射して来た光を希望の光だと見てきた気がします。しかし今は、光に照らされて、闇を見る、その事が私たちが日々生きる中に起っていると思います。皆さまお一人お一人がそんな中で生きておられると思われます。光を見る事は確かに希望です。逆に光に照らされた闇の世界、そこを見る事も希望に繋がるのだと思います。今朝は大神先生も来て下さってますが、先生も日頃のお働きの中で、病気の原因、ウィルスとか今まで分からなかった闇の世界に入り込んで行くお働きをされておられると思います。お名前を出してすみません。先生のお働きも暗闇にチャレンジするお働きでしょう。或は奥村さんご夫妻も子供たちを育てるというチャレンジ、先がよく分からない闇の世界へのチャレンジではないでしょうか。闇を照らす光に励まされて向かっておられるのだと信じます。皆さまお一人お一人が、明日は分からない何かに向かって進んで居られる、それは明日を切り拓いて居られると言って良いと思います。明日はどうなるのか分かりませんが、そこに向かって行かれて居られます。

 闇と反対の方に希望の光が在るのではなく、希望の光は暗闇の中に在るのです。光に照らされた暗闇、その先に希望の光が在る、今、そう思わされています。イエスが地上に来られて、ガリラヤの地に行かれました。それまでは「異邦人のガリラヤ」だったのです。昔からバビロン、アッシリアその他に攻められて占領されました。何故ならそこは割と豊かな土地なのです。南の方は死海が在る辺りは、岩だらけの地です。イエスが試練に遭われたのも荒地でしたし、バプテスマのヨハネが活躍したのも荒地でした。これに対するガリラヤは他国の占領されて、純粋なユダヤ人は殆どいません。イスラエルは氏素性を大事にしました。その意味で「異邦人のガリラヤ」なのです。しかし其処には「極貧の人々プトーコイ」と呼ばれる人々が居た事、それをご覧になってイエスは「ハラワタが千切れる思い」になられたのです。イエスご自身がガリラヤがどんな闇の世界で在るのかを教えて下さったと思います。そこでどんな人々に出会い、どんな事が起ったのかを福音書は伝えてくれていると思います。

 ですからイエスが地上に来られた事は上からの光としてだけではなく、闇の只中に突っ込んで行かれて、闇の世界を切り拓いて行かれる、そんな光だと思われます。光は私たちの希望だと言うのですが、光を見る事ではなくて、光に照らされて暗闇に向かう事が出来る、前に進む事ができる、そこに希望が有るのだと今朝は感じています。暗闇から目を背けるのではなくて、暗闇に向かって歩む、ここに希望が有るのです。ですから毎日の生活で苦しい時も有りますが、そこでいろんな闘いがありますし我慢も有りますし悔しい思いもありますが、光に照らされて前に向かって進んで行く、イエス・キリストの光に照らされて前に向かって進みなさいと押し出されている、そこが希望の光と言う所以ではないでしょうか。

 人間は本当にぞっとするほどに暗い闇の世界を作り出して来ました。そこから何かを掘りだして、力が在る者はその上に巨万の富を生み出し、凄い権力の上に君臨したのですが、その様な力に負けない、暗闇の中にこそ、何と言いますか、命が有る、そんな気がします。聖書とは違う言葉ですが、中国に「木は根っ子の暗い所で命を育んでいる、だから春になると輝かしく花が咲く。人も体の中の暗い所に根を張る様な働きが在るからこそ、神の命が溢れ出て来る」という言葉があります。暗い方に向かって行く力、或はチャレンジできるそんな励ましや力をイエス・キリストの光から受けるのです。

 最後に、皆さんは白雪姫と七人の小人の話をご存知でしょう。ハイホウ~、ハイホウ~と小人たちが小さなカンテラを下げて暗い坑道の中に入って行きます。小人たちは暗い中で宝石を見つけ掘り出して来るという構図です。小人たちには名前があります。年長は「先生 Doc」、それから「おこりんぼ Grumpy」、「ねぼすけSleepy」、「ごきげん Happy」、「てれすけBashful」、「くしゃみ Sneezy」、「おとぼけDopey」です。彼らの小さなカンテラが暗闇を照らして価値在るものを見つけ出します。「暗闇に住む者」、「死の蔭の地に住む者」とは「暗闇、死の蔭の地に座り込んでしまっている者」の意味です。その「座り込んでいる者に」闇を照らして、前に向かう勇気、力、励ましを与えてくれるイエスの希望の光です。暗闇に向かって光を照らして下さったのです。ハイホ~、ハイホ~、アーメン

12月のスケジュール




12.3(日)主日礼拝:メッセージ 亀井良雄協力牧師
12.10 (日)主日礼拝:メッセージ 亀井良雄協力牧師
12.17 (日)主日礼拝:メッセージ 亀井良雄協力牧師
12.24 (日)主日礼拝:メッセージ 亀井良雄協力牧師

12.31(日)主日礼拝:メッセージ 高橋修也神学生

西福岡のぞみキリスト教会(伝道所)とは

〒819-1129 福岡県糸島市篠原西3-3-25  電話・FAX 092-324-5794
協力牧師 亀井 良雄

 のぞみ伝道所は城西教会の伝道所ですが、こちらから母教会をお願いして20年にはなります。
今私たちはサテライト伝道所という言葉で城西教会との関連を検討していますが、これ迄と異なってしまうのでしょうか。基本的には同じです。
バプテスト連盟内に於ける力学的な立場は変わりません。サテライトは「衛星」ですから、本体の引力圏にあります。母教会から離れては存在できません。離れると私たちはバプテスト連盟に留まる事、そして宗教法人として存在する事ができません。既に経済的に自立しても、無償の支援を受けているわけです。
 それでは、衛星は本体と一つかと言えば、別個の存在です。単なる従属体ではありません。
衛星には「遠心力」等が働いていて、本体から離れています。その「遠心力」とは何かと言えば、本体とは別の動機、目的、使命が在るという事です。伝道所を英語でミッションと言いますが、この語には「使命」の意味もあります。
通常は福音伝道を第一の目的にして、母教会から株分けの形で分かれて次第に教勢を大きくして、一個の独立した教会と成る事を使命にする集いです。母教会と伝道する地域、対象とする人々が異なる訳です。言い換えれば具体的な使命、ミッションを別にする事です。    
ところが、城西教会とのぞみの関係は出発点が違うのです。城西教会から出たのではなく、独自に出発したのぞみ伝道所が途中で母教会を城西教会にお願いしたわけで、しかもそれからかなりの年月が経ちました。
この間に城西教会からは全国支援拠開拓伝道の西部教会が自立しました。一方のぞみ伝道所は、現時点で教会組織をする教勢ではありません。
そこで今回、のぞみ伝道所が、母教会とは異なる具体的な自分たちの使命を自覚し、その達成のために働き努力する事で遠心力を生み出そうとする、それをサテライト伝道所と呼ぶ試みを提案しているのです。
母教会の城西教会から「無償の支援」を受けつつ、自前の使命・ミッションを具体化し、その実現に向けて努力する「集い」を目指す事です。
この際、以下のような具体的な「使命」を提案します。長期の使命というより、短期の時間の区切りの中でそれを考えました。
期間内で達成できなければ、継続するか、中止するか、その時点でのぞみ伝道所で先ず、決断し、その上で城西教会の了解を得るという手続きを踏みたいと思います。
とにかく、今出来る事から、先に一歩を進め、そこから私たちに出来るサテライト像が生まれて来ると思います。

使命の具体案
1.何人かの方々の信仰告白へ向けて努力する事
2.東日本大震災への義捐金拠出を継続する事(2015年度は半額をネパール大地震に献金しました。)長命ヶ丘教会を通して。
国際的にも、「国境無き医師団」と中村哲氏の「ペシャワール会」、さらに地元の特定非営利活動法人 わたしたちの高齢社会をつくる会(ケアサービス「徒然」)にも献金します。
現在クリスマス献金を送っている5か所に継続して献金する事、久山療育園、止揚学園、おにぎりの会、ともし火献金、東日本大震災(長命ヶ丘教会を通して)
3.久山療育園のための毎月の街頭募金への協力活動

「のぞみ」という名の由来」
  私たちは1994年5月から、無牧師になった周船寺伝道所を改名して歩み始めました。主イエス・キリストが私たちに「臨み」下さる事に私たちの「望み」があるとの信仰告白から、西福岡「のぞみ」キリスト伝道所と名付けました。


西福岡のぞみキリスト伝道所へのアクセス

〒819-1129 福岡県糸島市篠原西3-3-25  電話・FAX 092-324-5794

福岡市方面からは、202号バイパスを唐津方面へ有田中央交差点角

電車筑前前原駅南口下車 タクシー7分 送迎体制有り 電話連絡先 324-5794

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