蛇籠は完成、次は聖牛です

駐ダラエ・ヌール 水路計画担当  鈴木 学
ペシャワール会報77号より
(2003年10月15日)

用水路掘削現場2003年09月10日

士気上がる水路チーム

現在、全長16キロある第一期水路計画工程のうち約半分の前半エリアで作業を行っており、約3カ月半で2.5キロの掘削がほぼ完了している。ただ、これから取水口付近や、最大掘削約8メートルの岩山、大量の埋め立てが必要な区間、水道橋、岩盤を破壊しながら水路を造っていく場所など、難所が待ち受けており、いよいよ水位が下がる冬場に向けて水路事業は本番を迎えようとしている。

客観的に見て我々PMSのエンジニアの質は非常に高く、夏の焦げるような暑さ、ある時期決まって毎日やってきた砂嵐とその後の豪雨も乗り越え、毎朝日の出が遅くなるのを感じられる今日この頃、カナル(水路)チームの士気はさらに充実している。

水路事業の専属日本人スタッフは2名。日曜から木曜の朝5時から夜遅くまで、車での移動と食事の時間以外はエンジニアとともにカナルの仕事に携わる。清宮さんの主な仕事は日々のレイバー(=作業員。約550名/日)のサラリーを確実に払うこととそのお金の管理、および水路の進行状況を把握すること、自分は水路の取水口部分に大量に必要となる蛇籠(じゃかご)と聖牛(せいぎゅう)の作成を担当している。



組み立てた蛇籠
蛇籠は、亜鉛メッキしてあるワイヤーを編んで、組み立て、ワイヤーで編まれた丈夫な箱を作り、その中に石を詰める。これが容易に扱える非常に強固な構造物になる。これを強い水の流れが直接ぶつかる箇所の護岸や、水位を上げる目的で川の中に造る堰の材料として使う。聖牛は正三角形の鉄筋コンクリート柱(1辺の長さ約1.5メートル、コンクリート柱の断面約100平方センチ、重さ約100キログラム。これを並べて水路の護岸にも用いる)を3つ組み合わせて安定した正三角錐構造にし、蛇籠と組み合わせて取水口付近の防護に用いる。こちらは、強い水流の制御や、流れてくる大石が直接蛇籠堰に当たるのを防ぐためのテトラポットのような役目もある。

蛇籠も聖牛も昔から日本で使われてきたもので、中村先生が提案して作成が開始された。蛇籠はガビヤンという名前でアフガニスタンでも多く見かける(使い方は日本と多少異なる場合もある)。聖牛は、日本では昔から木を使って造られてきたが、こちらの木はとても高いため鉄筋コンクリートの聖牛にし、コンクリートの型作りから始まり全てオリジナルである。  


聖牛プロジェクトの面々
中央が聖牛
作業員と家族ぐるみの交流

近頃は、蛇籠プロジェクトが目標(蛇籠3000個)の半分以上のストックを2カ月半で達成したことから(レイバー数約45人/日、作業日週6日)、こちらはサイト・エンジニア(現場監督)に任せ、日々のチェックと材料の補充にのみ気を配っており、毎日聖牛プロジェクトのレイバーと一緒に鉄筋コンクリートの聖牛作りに励んでいる。全員(8名)が宿舎のすぐ前の村か、歩いて10分くらいの場所から来ており、たいがい午後は自分の畑を耕している。8名のレイバーのうち兄弟が2組、ほぼ全員がなんらかの親戚関係にある。皆、非常に人間味があり、毎日彼らと共に作業するのは本当に楽しい。彼らと仕事をしていると、こちらの人は子供がそのまま大人になったような人が多いと感じる。良く喋り、歌う。こちらが真剣に仕事をしていると彼らも真剣に仕事をする。文字が書けない(読めない)者も多いし、全員英語など話せないが、かたことのパシュトゥー語と実際にやってみせることで仕事に支障はほとんどない。最近は10時半の休憩になると強引に日陰に引っ張って行かれ、チャイが入れられ、自家製の揚げたナンを皆で食べる。10時を過ぎると小さい子が兄弟でぞろぞろ前の村から出てくる。母親にチャイやナンを持たされて男の子も女の子も裸足でとことこやってくる。そして、コンクリートを作っている場所に来て、どこで食べるのか父親たちに聞く。全員マクタブ(学校)に行く前の小さい子ばかりである。暑い日の午後にはクナール河で洗濯もかねて泳ぐこともある。そう豊かでないにしろここではひとも自然も魅力にあふれている。  


蛇籠作成中のレイバー(作業員)
自分の関わっている蛇籠・聖牛作成作業だけを見ても、多くの日本、パキスタン、アフガニスタンの人々の協力に支えられていることを日々感じている。蛇籠レイバー用の丈夫な軍手(1ヶ月に約100組必要)は日本の事務局から、大量に必要な蛇籠用ワイヤーはペシャワールで購入してもらっているし、ワイヤーを切るカッターは長嶋さんが日本からたくさん持ってきてくれたものだ。聖牛作成に必要なセメント、鉄筋の購入・輸送はジャララバード、ダラエヌール両オフィスの協力が必須だし、砂利、砂の採取(クナール河の河原から)にはダンプやエクスカベーター(掘削機)のアレンジをエンジニア達との協力のもと行う必要がある。沢山の人たちの支えのもと、今日も1日無事に作業を終えられたなーと、サイト(作業現場)からダラエヌール・オフィスに帰る車の中で赤く染まった西の空を見ながら思う。


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