* ワーカーからの報告 *

現地報告 …2001年~ワーカー達による現地での日々の記録です
動画Ⅰ …水路工事の様子をビデオ撮影しました
写真アルバムⅠ
写真アルバムⅡ
水源確保・作業地の推移…2000~2005年を分かりやすく表にまとめました

* 灌漑事業について *


▲造成中(2007年03月)


▲農地が回復した同地(2009年03月)

1999年から空前の規模で旱魃が進行、豊かな穀倉地帯がことごとく砂漠化し、膨大な数の難民が発生しました。


2001年(報告書を読む)、カイバル峠(トルハム国境)で、ボーリング井戸2基を着工。

10月9日、PMS副院長を中心としたスタッフが食糧配給計画の調査のためアフガニスタンに入国しました。11日、ペシャワール会によるアフガニスタンへの食糧配布計画「アフガンいのちの基金」を発表しました。

23日、ジャララバードで食糧配給を開始しました。

30日、カブールでの食糧配布を開始しました。(中村医師の記事を読む)


2002年 (報告書を読む)、 ダラエ・ヌール渓谷下流に灌漑井戸5基を完成させ、計30ヘクタールの耕作が可能となりました


2003年2月8日、アフガニスタン・パキスタン国境トルハムのPMS掘削井戸 (二基)が完成しました。地元政府へ正式譲渡クナール河流域における灌漑用水路(アーベ・マルワリード 全長一四キロ)掘削計画を立案しました。

3月19日、灌漑用水路の起工式が行われました。

6月5日、水源確保事業の作業地が一千ヶ所を突破しました。

11月2日、用水路建設の工事現場を米軍ヘリが誤射しました。幸い負傷者はありませんでした。(米軍は日本外務省を通じ正式に謝罪) 3月(報告書を読む)、 水量の豊富なクナ―ル河水系を利用した灌漑用水路建設計画を開始しました。


2004年(報告書を読む )、沈砂池(取水口から1.6km地点)の造成に着工し、護岸のためのコリヤナギを両端に挿し木(6km) しました(柳の写真と中村医師の報告へ)。2004年

3月7日、アフガニスタン東部の灌漑用水路取水口工事を完了し、部分通水を開始しました。

3月末、井戸部門の縮小を決定しました。井戸の地元住民への譲渡を開始しました。

4月6日、クズクナール地域において灌漑用水路による第一次灌漑を開始しました。

5月19日、灌漑開始を祝い、ニングラハル州副知事らを招き記念式典を行いました。 式典をアフガンのテレビ局三局と、ボイス・オブ・アメリカが全土に放送しました。


2005年(報告書を読む)、 着工から2年、念願の第一次灌水を迎えました。(第一次灌水の際の中村医師の報告へ )


2006年(報告書を読む )

トルハム国境の4基目のボーリング井戸が完成、渇水地獄が解消し始めました。

3月9日、 ジャララバード新事務所完成移転セレモニーを催しました。4月、ブディアライ村まで通水しました。


2007年4月(報告書を読む)、 第一期工事13kmが完工。2007年4月23日、第一期工事完了と第二期工事の鍬入れ式セレモニーを開催しました。秋、既存水路(シェイワ、ベスード、シギ)の 改修支援をしました。(通水の祝典の際の中村医師の報告)


2008年(報告書を読む)、 井戸事業を廃止し、水路事業(自立定着村の構想)に統合しました。2008年 1月、マドラサ建設に着工しました。

5月、用水路工事の先端が目標(ガンベリ沙漠)に達しました。自立定着村に着手しました。

6月、ダラエヌール渓谷の涸れ川氾濫により水路が数百メートル土砂に埋まりました。

8月26日、伊藤和也ワーカーが凶弾に倒れました。

11月5日、 最後のワーカー三名が帰国し、中村医師一人が現地に残り事業を指揮します。

12月、既存のカマ取水口の改修に着工しました。


2009年

報告書を読む

2月、取水口が完成しました。最終地点までの全長24.3kmが開通しました。直接灌漑農地が約2,500ヘクタール、更に近隣の取水口の新設及び枯渇した箇所の改修も手掛けたことにより、計14,000ヘクタール(人口約60万)の農地が耕作できるようになりました。

2月8日、マルワリード用水路完工式・マドラサ・モスク譲渡式を催しました。

3月、防砂林の植樹が完了しました。

3月9日、マルワリード用水路、新たに1.3キロ開通し、総延長25.5キロ、一日送水量40万トンの用水路を完成しました。

5月、ガンベリ試験農場でスイカの初収穫を行いました。

5月11日、マドラサ仮開校式を挙行しました。

7月、クナール河で洪水が発生。

9月、マドラサを開校しました。約600名の学童が通学しています。

10月、既存用水路カマ第二の取水門・堰・主幹水路・沈砂池・送水門と排水門新設工事に着工しました。

12月、既存のカマ第二取水口を改修しました。ベスード郡(カマ群対岸)の3500mの護岸工事に着工しました。ガンベリ試験農場で稲の初収穫を開始しました。

2010年

2月、水路全長25.5kmが開通しました。用水路の直接灌漑面積は約3,000ヘクタール、1日の総水量は30~40万トン、廃村が次々と復活しています。

マルワリード用水路完工式、マドラサ・モスク譲渡式を行いました。

3月9日、マルワリード用水路を新たに1.3キロメートル開通し、総延長25.5キロメートル、一日総水量40万トンの用水路を完成しました。

10月、既存用水路カマ第二の取水門・堰・主幹水路・沈砂池・送水門と排水門と排水門新設工事に着工しました。ベスード郡(カマ郡対岸)の3500メートルの護岸工事を着工しました。

2011年

3月、カマ第二用水路施設、堰・取水門・主幹水路・沈砂池・送水門と排水門が完成し通水をしています。

4月、モスク・マドラサに併設する寄宿舎が完成し、譲渡式を行いました。

7月、ベスード第一取水口工事を開始しました。

10月、ケシュマンド山系に記録的集中豪雨発生、ジャリババ渓谷からの鉄砲水でマルワリード用水路500m地点が破壊され、対岸カシコート地区に吹きつけた洪水通過橋拡張工事を行い、カシコート地域護岸のため、クナール河道回復工事を開始しました。カシコート長老会との和解が成りました。 ベスード第一取水路、通水試験が成功しました。

12月、ジャリババ洪水通過橋拡張工事が完了しました。植樹63万本を達成しました。

2012年

1月、ベスード郡タプー村に取水口建設を開始しました。

2月、カシコート郡サルバンド村にて、堰・用水路工事開始を宣言しました。

3月、カシコート河道回復工事を終了しました。シギ・サイフォンの着工式(マルワリード用水路末端から、シェイワ群シギ地方下流域へ)シギ長老会・灌漑局鍬入れ式を催しました。タプー村取水口が完成しました。

4月、ベスード第一取水口、ベスード護岸三・五キロの竣工式を催しました。 (1年5ヶ月の大工事)カーブル河大洪水が発生しました。

7月、既存のベスード第二取水口付近が洪水の濁流で、主幹水路土手約200mが流失。流域11ヵ村、約700ヘクタールが渇水状態となる。急遽護岸工事を開始しました。東部アフガニスタンで3ヵ月降雨がありません。9月9日、宿願の用水路25.5㎞流域の村民を束ね、第一回定例浚渫を実現しました。

10月、カシコート取水施設本工事を開始しました。(PMS・JICA共同事業)。カシコート堰築造は、対岸PMSのマルワリード斜め堰と連結し全長約505mの連続堰となります。

11月、カシコート対岸から砲弾があり、政府軍と武装勢力の交戦中の誤射と判明。カシコート自治会が「PMSの工事中断を企図すれば、カシコート八万家族が敵になる」と異例の保護宣言を発表しました。

12月、アフガン経済省がPMSの活動を表彰しました。マルワリード流域(約3500ヘクタール)の水利組合が組織されました。

2013年

2月、シギ分水路の第一サイフォン260mが完成し、開通しました。サイフォンに続く二㎞の送水路とその間に六つのサイフォン建設を続行しました。

3月、マルワリード・カシコート連続堰、主幹水路二㎞、護岸四㎞を完工しました。これによりクナール河両岸の安定灌漑が保障されました。 洪水の影響を受けたベスード護岸を修復・強化を完了しました。

4月、カシコート堰が竣工しました(PMS-JICA共同事業)。

7月以後のクナール河増水期、ミラーン既存取水口を含む1.5㎞が浸食され、十数ヘクタールが流失しました。

9月、カシコート堰が竣工しました。(PMSーJICA共同事業)

10月、ミラーン堰着工(第三期PMS-JICA共同事業)シギ堰着工――昨年の大洪水で取水口から約五㎞流失しました。

中村医師=PMSが、水田・水環境工学会国際賞を受賞しました。

2015年

2月、シギ堰通水が完了し、シギ地域全体の安定灌漑を保障しています。・12日、クナール河流域で渇水。12年間で最低水位を記録し、カマ堰で緊急措置を準備。

ミラーン用水路送水を開始し、1700㌶の安定灌漑を可能にしました。・アフガン東部で季節外れの大洪水が発生し、23日夜半から24日にかけて突然の土砂降り、 カブール河の水位がベスード第I取水門を30㎝超えました。ジャララバード市内に浸水、また高地で降雪と雪崩頻発し、死者不明者が増加しています。

3月、新シギ堰が竣工しました。シギ全域で小麦の大豊作が実現しました。・ 27日、28日、ドゥラニ アフガニスタン農村復興開発大臣、アセイ上級補佐官、在アフガニスタン日本大使館より高橋特命全権大使がマルワリード用水路のモデルとなった山田堰(福岡県朝倉市)を訪問・視察しました。

4月18日、同時爆破事件が発生しジャララバードを震撼させました。

7月、ガンベリ記念公園広場において100m四方、1㌶の芝生で中央に噴水が完成しました。13日、在アフガニスタン日本大使、アフガニスタン中央政府の農業大臣、農村復興開発大臣、国連食糧農業機関(FAO)所長らがPMSガンベリ農場を視察しました。・16日夜半から17日未明、クナール河全域で集中豪雨が発生し、クナール河流域で氾濫が発生、ミラーン護岸堤防天端から20㎝に迫り、地域に不穏な空気が漂いました。・26日、マルワリード用水路全流域で再び集中豪雨が発生。鉄砲水等が発生し約10カ所で浚渫作業を開始、ミラーン堰では、洪水後取水門前の土砂堆積、河道の拡大により異常低水位となり取水が途絶えました。

10月 ミラーン堰(444m)建設本工事が着工しました。堰体内にコンクリート製の土砂吐きを2カ所建設し、三つの砂州を接続する堰となります。 ・カシコート上流サルバンド村流域で渇水、飢饉が迫ります。一時的な改修工事を開始しました。26日、アフガニスタン北東部バダクシャン州で地震が発生。

11月、ミラーン堰上流の調査を開始

12月9日、ミラーン堰主要河道を開通しました。堰の越流線はPMSが手掛けた中で最長の444m。3つの砂州を安定させるため、剣山状粗朶柵施工を試みました。

2016年

1月、ミラーン堰上流対岸の分流(洪水流入部/2015年7月の洪水で耕地の3分の2の約500㌶が被災)締め切り工事を完了しました。堤防の嵩上げと根固め工を続行しています。 同地区の第二次調査が行われます。PMSは今秋、マルワリード用水路IIとして、カチャラ村から約8.4kmの用水路建設を決定しました。

2月、異常少雨。スピンガル山麓一帯(アチン、ロダット、ソルフロッド等)において土漠化が深刻化しています。ISを名乗る勢力が干ばつ被災地を跋扈しています。

3月、主幹排水路工事を開始し、各村自治会の協力を獲得しました(中小排水路は、2008年秋から造成・整備を続行中であり、約80kmにわたり張り巡らしています)。・中旬に入り雨季が到来しました。・干ばつは今なおアフガン全土で進行中です。PMS方式の取水システムの広域展開を目指し、人材育成のため、ミラーンに訓練所の設立準備を開始しました。

4月、6月初旬並みの洪水が始まりました。・在アフガニスタン日本大使館による、対アフガニスタン国の草の根無償金協力の被供与団体として、PMSはガンベリ農場にて4月17日ナツメヤシ園起工式を執り行いました。

7月26日、パキスタン政府アフガン難民強制送還の動きが見られます。

9月22日、マルワリードⅡ堰建設のため対岸4ヵ村(カチャラ、コーティ、タラーン、ベラ)合同自治会との協議が行われました。・30日、ミラーン堰が完工し、訓練所の建設を開始しました。 ・帰還難民は約100万~150万人に上り、ナンガラハル州に集中しています。

10月3日、ミラーン堰竣工祝賀会が行われました。・訓練所着工式(FAO・PMS共同事業)が行われました。・8日、マルワリードⅡ堰建設を開始しました。・パキスタンからの難民送還が継続しています。

11月、5月から現在まで降雨日数が数日のみ。クナール河で異常低水位が続き、東部全体で厳しい干ばつが深刻化しています。・16日、マルワリードⅡ堰建設をナンガラハル州政府が公示しました。

12月初旬、シェイワ郡行政との交渉により、対岸からの堰建設が可能となりました。

2017年

1月初旬、8ヵ月ぶりの降雨です。・27日、マルワリード取水堰の仮工事が完了し、翌日試験送水を行いました。カチャラ分水路の送水を開始しました。29日、PMS・4ヵ村自治会合同祝賀会が開催されました。

4月13日、ナンガラハル州アチン地区に、米軍による大規模爆風爆弾(MOAB)が投下されました。・14~23日、PMS副院長ジア医師、 デイダール技師、ファヒーム技師一行がJICA・PMS合同会議の為来日しました。

5月、ナンガラハル州ソルフロッド地方で給水事業に着工しました。


試験農場
用水路の最終地点であるガンベリ沙漠に農地を開墾します。
水路事業に携った農民や職員が、自活しながらその経験を活かし、長い年月を要する用水路の維持・管理を、世代から世代へと繋げていく計画です。


水利農業関係職員:約100人、作業員:約300人(2017年05月現在)