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用水路に「開通」はあっても「完成」はありません
突如襲う集中豪雨、自然との激闘、里人との軋轢。

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲
2009年10月02日
ジャララバードにて


関連地図
記録的な集中豪雨、用水路を襲う

 みなさん、お元気ですか。去る8月3日の「用水路開通」の朗報を送った後、8月中旬に一時帰国し、9月28日に現地に戻りました。この間、日本も大きな政権交代があり、「アフガン復興」が大きく取り上げられていました。
しかし、議論に関わるいとまもなく、大急ぎで戻りました。
 東部アフガニスタンでは、5月以来まる3ヶ月、雨が降りませんでしたが、突然、広範な地域が集中豪雨に見舞われました。記録的な豪雨は、8月29日、9月15日、9月24日と三派に及びました。このため新設したガンベリ沙漠横断水路は砂で埋まり、あちこちで溢水、土手崩壊の危険にさらされたのです。
 地図を見てください。私たちの働いているニングラハル州は、南にそびえるスピンガル山脈と北にあるケシュマンド山脈(いずれも3000メートル以上)に挟まれた山麓にあります。ここに東からカブール河の本流、北からクナール河が流れ込んで合流します。この山麓地帯は、かつて豊かな有数の穀倉地帯を成していました。でも、近年急速に沙漠化し、見る影もありません。今回、普段ならごく狭い地域に集中する豪雨が、この全域を襲いました。沙漠化した地域に雨が降るのはよいと思われましょうが、そうではありません。保水力を失った土地に突如豪雨が襲うと、水は勢いを増し、洪水となって人家を流し、畑を土砂で埋め潰してしまいます。


2005年にF,G地区水路沿いに挿木した柳(2009.04.23撮影)



シギ村の農民を動員して、湿害対策の ため、
必死の排水路整備が続く
治水の大切さと現実

私たちの主な活動は、この両山麓地帯での飲料水源の確保、大河川からの取水による農地の拡大です。
その最大の仕事がマルワリード用水路です。再々述べたように、同用水路はクナール河から岩盤を這うように伸び、ガンベリ沙漠まで24,3キロメートル、その後自然土石流路を下って再び本流に戻ります。
 従って、用水路は全線にわたって谷あり崖あり、難工事でありました。中でも、集中豪雨には泣かされます。日本でも八ッ場・川辺川ダムをめぐって治水のあり方が問題になっていましたが、ここも例外ではありません。
 ただ、違うのは、予算が極端に少ないこと、行政がほとんど関与しないことです。急務である農業用水の確保は、貧しい農民自身の手によらざるを得ないのが実情です。私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)が敢えてこの問題に手をつけたのは、このためです。誰も本気でやれないのです。やりたくとも、日本政府の水利事業の予算を見るだけで絶望的になります。



用水路全線開通で喜び合う作業員たち
自然との同居の知恵

 さて、用水路に「開通」はあっても、「完成」はありません。それは絶えず維持補修を必要とするからです。おまけに、気まぐれに襲う自然災害は予測不可能で、被害を受けてから初めて抜本的な大改修を行うことが少なくありません。これを繰り返しながら6年半以上、年々水路は安定してきました。でも限られた予算では、自ずと採用される方法が決まってきます。具体的には、@鉄砲水の緩流化、A遊水地の設置、B速やかな排水の工夫です。水は堰き止めるのでなく、穏やかに流れてもらうのです
 @は、岩石などの障害物と共に、幾重にも植林して、保水力を増し、流速を落とすことです。植樹チームを強化して大がかりな林の造成に取りかかっています。
 Aは、洪水路を完全に閉塞せず、できる限り人工的な護岸をせず、住民に居住地を作らせないことです。また、流路に大きな溜池を置けば、被害を著しく減らせます。
 Bは、自然の河にもどる流路を大きく確保することです。
 難しい話ではありません。少し自然に興味のある方なら、何でもない山間部の村落を想像されるでしょう。日本人の先祖たちが営々と森を築き、段々畑というダムを兼ねる水田を拓き、溜池を置いて渇水に備え、洪水の来る所には住まず、慎ましく水の恵みを享受した、そのことなのです。
 荒ぶる川の流れには、天を祀って無事を祈りました。もちろん、祈るだけで厄災を免れるわけではありませんが、そこには長い時を経て得た自然との同居の知恵、その恩恵への感謝がありました。



護岸に植樹した木々が生長し、
緑のラインがK池を囲む
水をめぐる抗争と対策

 とはいえ、小生の帰還と共に、現地では再び自然との激闘が始まりました。これに里人たちとの軋轢が加わります。村々の利害の調整も大きな仕事です。人は業なもので、つい身内の利害で固まってしまいます。水不足のときは水争い、水が増えれば文字通りの我田引水、今度は湿害の発生です。
 PMS(ペシャワール会医療サービス)では地域全体の取水量の調整、高低差を考慮した各分水路の見直し、排水路の造成を大規模に実施しています。独立不羈の農民たちは、いかなる権力にもなびきませんが、生命線である水を律する私たちには協力的です。このために、PMSを「陰の領主」という向きもあります。水がいかに人々の和を左右するかの証左でもあります。


ガンベリ砂漠の開拓団居住区。 各戸は約227坪(750u)・6戸ごとに2本の井戸。集落の長さは約1qの長い村。手のかかる礎石は終わり、壁の造成が始まった。
自然と人、人と人の間で

 「自立定着村」の方は着々と耕地の整備が進んでいます。先ずは比較的平らな100ヘクタールほどを開墾し、今年11の小麦の作付を実現します。これには実は切実な事情があります。食糧価格の高騰が職員たちを苦しめていて、いくら給与を上げても、追いつきません。昨年は世界的な小麦不足のあおりで危機的な状態でしたが、アフガニスタンでは依然として絶対的な食糧不足が続いています。給与の殆んどが食糧に消えてしまいます。そこで、来年度からはPMS自身の自給自足を目指し、食糧を現物給付する計画を立てています。アフガン人職員全てが農民だと言ってよく、いざとなれば医療職員でさえ耕作を厭いません。計画が実現すれば、1000名を擁する村となり、単に水路の保全だけではなく、自活・自衛できるようになります。
 このため開拓農家の住宅整備も進んでおり、皆の話では小生が「初代村長」になるのだそうです。悪い気はしません。日本で見放されたあかつきには、ここを拠点に平和で豊かな世界を夢見ることができます。
 しかし、人里も一筋縄ではいきません。私たちの沙漠横断水路は隣のラグマン州とニングラハル州との境界に当たります。今年4月、ラグマン州山岳地帯の住民が大挙して押しかけ、既に定着している住民たちと水路をはさんで対峙、銃口を向けあって一触即発の事態となりました。地方軍閥内部の抗争が絡んでいるようでしたが、ラグマン州でも旱魃が深刻らしく、開通した水路の噂を聞きつけてやってきたのです。
 PMSとしても、折角の開拓地を失うわけにはいきません。外交策を講じて積極的に仲介しました。沙漠の中にある丘を公共地とし、「アマン・ゴンデイ(平和の丘)」と命名、開拓団の居住地を中立地帯にすることで落ち着きました。


 ところが、今度は米軍PRT(地方復興チーム)との衝突がありました。水量調節の要である沈砂池を養魚池に転用するというのです。そうすると、水量調節が不可能になります。PMSは即座に拒否し、代わりの池を勧めました。しかし、かなり強引な態度だったのです。結局、住民の圧力を背景に退けましたが、一時は「取りたいなら力づくで取ればよい。諸君の強大な武力に抗し得る者はいないではないか。但し、混乱の責任は君らに取ってもらう」と、蛇篭のバリケードを高く築いて対決、緊迫しました。このいきさつで分かったのは、PRTに配属される将校が殆んど実情を知らされぬまま、「復興だからいい」と信じていることでした。人々はそうでなく、軍事活動の一つと見なしています。このことは興味があるので、また別の折に紹介しましょう。

 昨年、私たちの仲間の伊藤和也くんを失いました。しかし、敢えて報告の中では触れないことにします。人の言葉はあまりに貧しく、美談と対の底意地の悪い論評も同根です。彼をそのままに受け入れない奇妙な風潮が、彼の生死を侮辱し、現実から遊離するように思われるからです。どんな人の生命も尊く、かけがえのないものです。平和を観念に閉じ込めてはなりません。
 平和を語るのはたやすいけれど、実現するには戦争以上に忍耐と努力が要ります。現場は血まみれ汗まみれ。人の世界は塵まみれ。それでも示される一つの道があります。それに忠実な限り、大きくは過たないでしょう。
 会員のみなさんの辛抱強いお支えに心から感謝します。


ペシャワール会報101号(2009年10月21日発行)より
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