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目的と精神は変わらず「生命」が主題です
――時流に乗らない心ある人々の思いに支えられ


PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長
ペシャワール会現地代表 中村哲
ペシャワール会報113号より
(2012年10月3日)


みなさん、お元気でしょうか。

現地は再び、河川工事の季節が巡ってまいりました。昨年の今頃は、ベスード郡の堰や護岸工事が中心で、ずいぶんと急かされた気持ちでいました。おかげで、この1年、ベスード郡3千ヘクタールの安定灌漑を実現し、全郡の安定は近いと考えています(残されたタンギトゥクチ堰の灌漑面積は約六50ヘクタール。こちらは手が出せないのが現状ですが、他団体が実施しなければ、PMSがいずれ手がけることになります)。

さて今秋は特別な大攻勢です。PMSは現在、二つの地域を新たに潤そうとしています。2012年から5年をかけ、私たちの「緑の大地計画」は大詰めを迎えます。

1 シギ地域への送水

規模としてはカシコートが大きく、最大の努力が払われますが、シギ地方も劣らず重要なところです(5頁地図参照)。PMSガンベリ農場の開墾と同時に進められているのが、同地域への送水路です。これは事実上マルワリード用水路延長で、全長約2.2キロメートル、ガンベリ沙漠末端から260メートルのサイフォンで自然洪水路をくぐらせ、同地域約1200ヘクタールの安定灌漑を実現しようとするものです(6頁表参照)。

既に今年4月以来、サイフォン両端から工事が進められてきましたが、集中豪雨の危険がない今冬中に開通、送水が始まります。これにて、マルワリード用水路の主要分水路の工事は終局を迎えます。


急激な雪解け(2年前の大洪水に匹敵)で既存用水路のベスード第二タンギテゥクチー帯は濁流に洗われた

2 カシコート地域

河川工事で見ると、今秋の最大標的は、何といってもカシコートです。わが主力は間もなく、マルワリード用水路対岸の同地域に展開します。

同地の灌漑計画の経緯については、昨年10月から会報でも再々お知らせしたとおりです。これが成れば、マルワリード堰と連続した650メートルの記録的な「石張り斜め堰」となり、両岸共に維持が非常に容易となります。

今秋に始まる本工事に先立って、既に今年2月の段階で準備工事が本格的に進められてきました。主幹用水路約2キロメートルが川沿いを走っていましたが、2年前の大洪水で破壊され、大きく湾曲した主要河道が村々を奥深くえぐっていたのです。6ケ村は昨年10月の段階でパキスタンへの難民化を決めていました。

PMSはペシャワール会の多大の協力を得て(2011年10月)、緊急に河道変更工事を実施、難民化を食い止めました。作るべき用水路本幹が流失していて、急流の底に消えていたのです。これまた大規模な河道復旧工事となり、失地を回復、辛うじて秋の工事の備えが成りました。

この間、ISAF(国際治安維持軍)による女子学童への銃撃事件があり、重軽傷16名を出しました。そこで、村民の懇請に従い、校舎建設をも同時に行うことになっています。「緑の大地計画」は、このカシコートを以て、仕上げの段階に入ったと言ってよいと思います。

ベスード、カマ、クズクナール三郡(カシコートを含む)の耕地は計16500町歩、65万人の農民の生活を支えることになります。これは、ほぼ福岡県南部の筑後平野の復活に等しく、人々が生きる基礎を提供することになります。


洪水で流失したカシコート主幹水路地点の埋立て

3 マルワリード用水路の「一斉浚渫」

建設事業は確かに多大の費用、労力、技術や工夫を凝らし、目に見える結果を残します。しかし実は、維持保全態勢の確立がないと、完成とは言えません。目立ちませんが、建設以上にはるかに忍耐と努力が要ります。

2年前からの計画は、大約すると、2本柱からなっています。

・用水路流域農民の結束と協力
・熟練作業集団の確保と自活

前者は、25.5キロメートル全線にわたり、受益村落が責任を以て特定区間の維持に協力する。先ずは全線の浚渫を年2回、定例行事化する。こうして、流域農民共通の財産としての意識を定着させることです。

後者は、洪水による破壊、新たな給排水路の建設、堰や水門の補修等で工事が必要になった時、即時に着工ができるように待機させる。待機といっても給与を与えることができないので、ガンベリ沙漠開拓をしながら自活させ、普段は農耕に携わる。これが「自立定着村構想」で、いわば屯田兵村に近いものです。このための居住地と開墾地の確保、その合法性の獲得が間もなく実現の見通しとなります。

最近の大ニュースは、PMS副院長・ジア医師らの根気づよい折衝で、遂に流域全村自治会の協力を獲得、去る9月9日、用水路の「一斉浚渫」が行事として敢行されたことです。

マルワリード用水路は他と異なり、全くの新設でしたから、新しい移住者や数十年ぶりに戻った農民が多く、まとまりを欠くきらいがあったのです。これは長年の悲願であり、完工式に劣らず嬉しいものでした。


マルワリード用水路25.5km各流域村落の代表がマドラサ校庭に集結、公的機関筋も合流して決意表明(9月9日)


用水路14.4km地点のサイフォンの浚渫。このサイフォン建設に携わった作業員で用水路に対する愛着が強い

緑の大地計画 10年の節目







ペシャワール会が発足して29年、現地活動は28年を経過しました。ハンセン病診療に始まり、東部アフガンの山村医療、そして大きな転機が12年前から始まる大旱魃でした。その後アフガン空爆、引き続く内戦の激烈化の中で今日に至っています。

この間、ペシャワールにあったPMSは、政治混乱と内戦の余波を受け、2008年に中心がジャララバードに移りました。しかし、日本側では「ペシャワール会」という名称は変えず、依然として強力な現地支援団体として働き続けています。

パキスタン領のペシャワールからアフガン領のジャララバードへ、医療中心から水利事業中心へ、PMSの現地活動は一見、大きな変身をしたようですが、目的と精神は変わりません。「生命」が主題です。

それでも、ほんの数年前まではカイバル峠を自由に越えて仕事が進んでいたことを振り返ると、不吉とも言える時の流れを思わずにはおれません。戦火は多くのものを奪いました。不寛容な殺伐さが増し、カネと武力が、人と人、人と自然の仲を裂いてきたような気がします。

だからこそ、時流に乗らない心ある人々の思いに支えられ、心ない論評や妨害を超え、PMSの活動は脈々と続いています。どんな状況にあろうと、規模の大小を問わず、時と場所を問わず、行動を問わず、この世界を辛うじて支えているのは誰にもある人の温もりだと、感慨を深くします。

内戦は激しくなる一方で、政情は混乱の一途をたどっています。しかし、殆どの人々の真情 戦と外国人の干渉は、もうたくさんだ。故郷で家族と三度の食事がとれさえすれば、それ以上のものは要らない という、この無欲な願いが、誤りのない普遍的な人の営みでしょう。そして、これこそが、活動の基礎であり、活力の源泉であり、ゆるぎない平和につながるでしょう。

理念や政局の問題ではなかったのです。平和とは座して待つものでなく、体で戦いとることを学びました。時には軍閥や買弁政治家と対決し、時には自らの欲望=過大な豊かさへの固執・我欲と対峙し、人の分限を超えた過信を排し、天意を尊んで恵みに感謝することなのです。

最近、アフガン軍兵士や警官が外国兵を射殺する事件が更に増えています。その大半が非政治的なものです。11年前、米軍の「報復爆撃」で、罪のないアフガン人が大量に死にました。あの頃、散乱した肉親の死体を無表情に集めていた子供たち、空腹を抱えて硝煙の中を逃げまどい、死んだ両親に取りすがって泣いていた子供たち、彼らが今、血気盛んな青年です。追いつめられた彼らの心情を思えば、非は何れにあるのか、断ずるのに躊躇します。「剣で立つ者は剣で倒される」。真理です。

他人事ではありません。私たちもまた、大きな転換点を生きています。人同士の関係だけでなく、人と自然の関係においても、アフガンで起きたことは、形を変えて世界中で起きます。

日本自身が苦しいにも拘わらず、大きなお支えをいただいたことに感謝し、「緑の大地計画」10年の節目に当たり、変わらぬご支援をお願い申し上げます。

平成24年9月 記







ガンベリ沙漠の平和ヶ丘で職員たちと中村医師
2012年7月10日



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