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天・地・人の構図の中で
「自然と人間の関係」を問い続ける
~2012年度現地事業報告~
PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長 ペシャワール会現地代表 中村哲

2012年度を振り返って

2013年9月にペシャワール会、翌年5月には、現地活動30年を迎えます。

かつての青年医師は、初老の工事現場監督となり、この間のめまぐるしい変転を思うと、波瀾万丈とはこんな事をいうのかと不思議な気がしています。

めまぐるしい動きにも拘らず、一貫する縦糸は、天・地・人の構図の中で「自然と人間の関係」を問い続けることだったような気がしています。

医療現場、河川工事、農業に至るまで、このことは変わりません。

大きな転機が何度かありましたが、最後のものは2010年8月の大洪水でした。ごみクズのように流されるはかない人間の営みを見ながら、思うところがありました。それまで、人の都合で自然を眺める未練がましさを拭えませんでしたが、自然の摂理から人を眺めるようになってきました。

人は大自然の中で、身を寄せ合って生きています。そして、人もまた自然の一部です。このことを忘れると、私たちの考えは宙に浮いてしまいます。科学技術で自然を制御できると錯覚し、不老不死の夢が叶うかのように考える。目先の満足のためなら、暴力も厭わず、生死さえ軽く考える。生かされている恩恵を忘れ、暗い妬みや不安に支配される―――現地で見ていると、大は戦争から小はいじめや自殺まで、この錯覚が影を落としているように思えます。

アフガニスタンの現な国土に恵まれた国はありません。敗戦直後、飢餓から立ち直らせ、戦で傷ついた人々を慰めたのは、郷土の山河と自然でした。その恵みによって生かされてきたことは、学校で教えられませんでした。おそらく、郷土を築いてきた祖先たちは、このことを知っていました。

株価や経済成長率は、恵みを語りません。武力は、郷土や国民を守りません。30年間の日本の変化を回顧すると、哀しいものがあります。

「身を寄せ合う」とは、人が和し、弱者を労わることです。和して同ぜず、ここに積極的な価値と希望があります。平凡ですが、これが30年の結論です。

現地活動はなおも続きます。「緑の大地計画」を以て日本の良心の気力を示したいと思います。30年の支えに感謝します。

ペシャワール・ミッション病院ハンセン病棟の中村医師
1980年代後半

一家総出で畑の回復に余念がない。カシコート地区帰還難民。
2013年2月16日

2012年度の概況
気候変動

2010年8月に発生した大洪水と続く渇水は、気候変動による農地の乾燥化を更に進行させた。近年は、冬の降雪が遅めになり、春から初夏にかけて雪解けが一挙に起きる傾向が観察される。

またかつて局地の水循環の一端を担っていた夕立が少なくなり、大規模な局地集中豪雨になりやすくなっている。このため、地表水の滞留時間が短くなり、地下水位も下がっている。ヒンズークシ山脈の南麓では、12年に続き、13年も晩冬になって降雪があり、例年より早期に洪水が到来した。ジャララバードでは、12年4月下旬に続いて、13年6月初旬に記録的な洪水に見舞われた。

このため、各地で堤防決壊や溢水が起き、大河川沿いの取水が一時的に麻痺状態に陥った。PMSの作業地では、カシコートの護岸工事が寸前で完了していたので大禍を免れたが、11年に完成したベスード護岸の一部が決壊した。

無政府状態

政情混乱は更に大きくなる中、欧米軍の撤退が進められている。2013年6月現在、公式発表では2万人が引き上げ、9万数千人の外国兵が駐留している。「治安権限移譲」は一部の州を残して、8割以上が完了したと伝えられた。

12年度の著しい傾向は、自ら育成した警察官や国軍兵士が銃口を外国兵に向ける事件が多発、他方で内訌を煽るとしか思えないアフガン人同士の衝突が増えている。 また外国軍の軍規弛緩が目立ち、非戦闘員を無闇に殺傷したり、宗教を冒涜する事件が増えている。12年度は、兵員の自殺が戦死と同数と伝えられた。

大都市の一部を除けば、ほぼ完全な無政府状態である。総選挙が予定されているものの、正常な投票が危ぶまれている。

ジャララバードでは、13年5月、ICRC(国際赤十字)支部が何者かの手によって襲撃された。同組織はタリバン勢力とも交渉があり、捕虜を看護師として養成するなど、一貫して中立を堅持してきたが、これによって同事務所は閉鎖され、重要な仲介者を失い、国際団体は東部から消えた。

シェイワ郡の日曜市。年々規模が大きくなり賑わっている。
2013年2月17日

ガンベリ試験農場の桃。問題は強風で身が落ちてしまうこと。防風林の成長を待つ。
2013年5月12日

パキスタン北西部国境地帯の混乱

国境付近では、11年5月のオサマ氏の殺害と前後して、米軍無人機による攻撃が活発となっている。これをめぐって米国とパキスタン政府との間に緊張状態が続いていたが、13年4月、これに反発するナワーズ・シャリーフ氏が総選挙で圧勝した。無人機攻撃とパキスタン・タリバン運動の活発化で、ペシャワールの治安は過去最悪となっている。

13年4月、パキスタン軍が国境を越えて基地を作ったとして、アフガン国軍と衝突、アフガン側は国民的キャンペーンを張ったが、国境住民は動かず大きな紛争には至らなかった。

和平交渉

和平交渉では、11年、米軍がアフガン政府の頭越しにタリバン代表と交渉し始め、混乱した。カルザイ政権は以前から定期委員会を開いていたが、政府代表のラバニ前大統領が暗殺されて頓挫していた。

13年6月、カタール共和国ドーハで米国、タリバン、アフガン政府の三者で合意が成り、交渉が再開された。しかし、先行きはまだよく見えない。

PMS事業の概況

マルワリード用水路建設の仕上げとして、ガンベリ沙漠開拓、給排水路の整備、流域住民の協力態勢、農業部の発足、自立定着村の建設が進められ、シギ灌漑路が完工した。カシコートでは、取水設備の建設がJICA(国際協力機構)共同事業の一環として進められた。これによって対岸マルワリード取水口の安定灌漑も同時に保障された。

なお、PMSの関わる安定灌漑地の全域で、水稲栽培が爆発的に拡大したのも、この一年の顕著な傾向である。

ダラエヌール診療所は増改築を行い、事実上残る唯一の医療機関として地域で重きを成している。

1.医療事業

2012年度のダラエヌール診療所での診療内容は別表の通り(別表1)。

13年4月、職員宿泊所を診療所敷地内に建設した。これによって借家を手放し、女子診療に力を入れるなど、内容は充実している。ICRC診療所など、他のNGOは事実上消え、地域で更に重きをなすようになった。診療内容は、感染症と小外科が圧倒的に多い。

ハンセン病問題は、「飢えと渇水(洪水)対策に追われ、本格的に取り組む余裕がない」というのが実情で、事態を静観している。

2.灌漑事業

①取水堰と護岸

2010年の大洪水後、ほぼ予定通り事業を進め、12年度内に以下の工事を2年がかりで完了した。

   ・カマ第一取水門補修・堰の全面改修
   ・カマ第二取水口の建設
   ・カマ第二用水路・主幹1㎞建設
   ・カマ用水路対岸の護岸工事、タプー堰
   ・ベスード第一取水堰(カブール河)

これらは11年度に事実上終えていたが、植樹、小改修らが残っていたものである。なお、13年6月、10年8月を上回る洪水に襲われ、カマ対岸のベスード護岸数百メートルが決壊、現在緊急工事が進められている。

12年度に力が注がれたのは以下である。

   ・マルワリード・シギ分水路建設
   ・カシコート堰(連続堰)と主幹水路

カシコート取水堰・用水路計画
建設に至る経過は、これまでの会報に詳しい。この取水堰建設(マルワリード=カシコート連続堰)を以て、「緑の大地計画」は最難関を越えたと言える。

計画は、これまでの取水堰の中で最大規模かつ難工事となった。12年2月~9月、蛇行侵入する河道の変更、旧河道回復と2㎞の護岸、交通路敷設らの予備工事が進められ、12年10月、本工事が開始された。

最大の焦点は、対岸マルワリードと繋がる長大な連続堰で、堰長505m、堰幅50~120m、石張り堰の総面積は約2万5千㎡、PMSが建設した堰では記録的なものとなった。夏の高水位期の状態を観察し、13年10月から最終仕上げに入る。

これによって、改修をくり返してきたマルワリード側は安定灌漑を得て、もはや大きな改修はなくなると考えている。

護岸は、上流サルバンド村の洪水進入点まで延長、計3.5㎞に及んだ(次頁図参照)。10年8月の大洪水で同村の半分以上が冠水、農地を失った多くの村民はパキスタンに難民化していた。洪水進入地点は、大洪水レベルを想定して建設され、クナール河の狭窄部を1.5㎞にわたって開放、洪水流を遠ざける措置をとった。

13年6月の洪水高は10年8月を上回るものだったが、大過なかった。カシコートの村民は続々と帰還し始め、耕地は以前より大幅に拡大した。

主幹水路は全長1775mを13年4月までに開通、現在主幹水路上段の施工、既存水路と連結すべく、工事が進められている。

今年6月の大洪水で洗掘されたベスード地区
2013年6月17日

②マルワリード用水路

マルワリード用水路流域の保全態勢
念願の保全態勢は、2012年9月、第一回定期浚渫が行政・地域自治会の協力で実現した。用水路建設は確かに大きな事業ではあったが、保全態勢を作るのは、もっと困難な仕事である。しかも行政がまともに機能しない中での組織化は、3年がかりの努力が必要だった。

特に民族や部族が入り乱れるマルワリード用水路流域は大きな忍耐を要した。これはジア副院長以下、地元勢の功績である。

今後も工夫と努力が求められるが、記念すべき出来事だったと言える。

シギ地域の灌漑
この経過もこれまでの報告を参照されたい。約1000ヘクタールの安定灌漑を保障するシギ分水路は、他の工事に忙殺されていた上、幅200m以上の自然洪水路に阻まれて、なかなか施工に踏み切れなかった。

12年2月に始まった洪水路横断サイフォンは、マルワリード用水路末端(25.5㎞地点)から260mをくぐり、分水路は、新開地約180ヘクタールを潤しながら2㎞を進み、シギ地域を潤す。

サイフォンは13年2月、送水路は13年6月に開通した。水路規模は小さいとはいえ、鉄砲水の通過地点が多く、大小九つのサイフォンをくぐる。最大送水可能量は毎秒1.6m3(一日約14万㌧)、まだ小さな工事は残っているが、13年度内に全ての工事を終える。ここでも多くの難民の帰郷が進み、人口が爆発的に増えている。

地元では農耕地を優先するので、同村落群は一斉に分水路沿いに移動し、耕地面積を更に広げると思われる。

自立定着村
ガンベリ沙漠で開墾した耕地、実質約50ヘクタールを40年間貸与で、合法的な所有地として得た。開拓を進めるにつれ徐々に拡大する方針である。

居住地が法的に問題にされたので、近接するベスード郡に約70家族が居住する土地をPMS私有地として確保した。これは、今後政権がどんなに変わっても、安定した居住と自給を目指すべきとの配慮である。

クナール河上流左岸の護岸工事(カシコート取水門より上流側)

砂州の位置、水位、自然地面の高さの模式図

3.農業・ガンベリ沙漠開拓

PMS試験農場は現在、約50ヘクタールが開墾されているが、砂防林の成長を待たねばならない。

砂防林は拡張を続け、2013年5月までに長さ5㎞、幅100~300mの樹林帯を成している。ガズ(紅柳)とユーカリが砂防林に使われているが、固有植生と思われるビエラ(乾燥に強い中低木)、シーシャム(マメ科の高木)を大量に育苗、将来的にユーカリと交代させる方針である。

ガンベリ沙漠の開墾地は、全体で約1000ヘクタール、いくつもの村ができる。だがPMS抜きに開墾ができないので、他の勢力もPMSを介してまとまり、ナンガラハル州では最も治安の良い場所となっている。水利用は、多数派のラグマン出身の指導者がPMSの傘下で取り仕切っている。

ザクロ、メロンらの果樹の成長も旺盛で、ザクロは早ければ13年度から出荷が可能。穀類(米、小麦)の増産、特に小麦も13年度に自給を目指し、作付面積を増やす。アルファルファは、ほぼ自生に近いほど定着、窒素肥料を著しく減じると共に、小規模な畜産も可能となった。

なお、12年1月から12月までの植樹は85、134本で、03年から13年5月までの総植樹数は75万本を突破した(別表3参照)。ほとんどが活着、枯れたものは補植している。ベスード護岸沿いの植林のうち、約1200本が6月の洪水で失われたが、復旧後、年内に補植する予定。

クズカシコート灌漑、既存水路との連結ルート(カシコート取水門より下流側)

PMSによる取水堰と灌漑地域(耕地)

連続灌漑概念図(2013年完成予定)

4.ワーカー派遣・その他

12年度は、現場に中村一名、ジャララバード事務所に村井一名が常駐した。

カシコート・サルバンド村の女子校舎は、緊急の河川工事が著しく難航したため余裕なく、着工に至らなかった。13年度に着工を延期した。

揚水水車は試作品が間もなく完成する。13年6月に試験設置して改良、最終的に秋になる可能性が強い。これは用水路を干してコンクリート構造物を置かねばならないからで、稲刈り後となる。

2012年度 「緑の大地計画」の動き

別表3 植樹(2003年3月~2013年5月)

ガンベリ沙漠開墾地では植樹作業が続けられている
2013年

2013年度の計画

今年度も、12年度からの連続である。

マルワリード用水路関係では、農地開拓、小水利施設、給排水路整備、植樹ら、基本的にこれまでの連続。小水利施設の中では、カンレイ村の揚水水車設置が実現する。

最大のものは、マルワリード=カシコート連続堰の完成、カシコート主幹水路を既存水路に連結する工事である。PMSの職員宿舎をシギ村(現ガンベリ出張所)からベスードに移転することも急がれている。

「緑の大地計画」は、ベスード第2取水堰(タンギトゥクチー)が次の標的となって、ほぼジャララバード北部穀倉地帯全域の安定灌漑に見通しをつける。事態を静観しながら、調査を進めている。

揚水用水車の試験設置。直径4.5m。
2013年6月25日

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