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食糧危機とオレンジの花
~PMS・住民・行政が一体となって体当り工事~
PMS(ピース・ジャパン・メディカル・サービス=平和医療団日本)総院長 ペシャワール会現地代表 中村哲

二つの取水堰の工事

みなさん、お元気でしょうか。日本は年の瀬の選挙だと聞きましたが、遠い遠い出来事のように思えます。

ここアフガニスタンのジャララバードでは、外国軍の撤退に伴って、少しずつ治安回復の兆しも見え、仕事は例年以上に活発に続けられています。

この季節はいつものように川辺で、護岸と堰の工事が進んでいます。昨年のカシコート=マルワリード連続堰の建設が「緑の大地計画」の頂点だと伝えたものの、自然はヤワなものではありませんでした。

現在、ジャララバードの北部にあるミラーン(ベスード第二堰)、シギというところで、二つの取水堰の建設に追われています。

大きな工事は「ミラーン」で、ベスード郡3500ヘクタールのうち、約1100ヘクタールを潤します。先に完工したベスード第一堰(2012年)2000ヘクタールと併せると、これで同郡の八割以上をカバーすることができます。

シギ堰については、先の会報で触れたように、昨年の大洪水で取水口から約3㎞までの流域が、河の藻屑と化して消滅しました。現在、旧取水口から3㎞下流の地点に「新シギ堰」を建設中です。

両堰が成れば、「緑の大地計画」で予定するジャララバード北部穀倉地帯16500ヘクタールのうち、約90%の安定灌漑を達成することになり、実現に向けて大きな前進となります。

二つの大きな工事を抱える羽目となりましたが、PMS(平和医療団・日本)職員・作業員一同、はつらつと働いています。

しかし、二つの場所での同時作業は、今冬が初めてです。これを可能にしたのは、PMS全体が技術的な練度が高くなり、現場を任せられる人材が育ってきていることがあります。また、地域農民の圧倒的な支持と地方行政の好意的な協力が背景にあります。

農村の復活に欠かせない「安定灌漑」の重要性については、先の会報で詳しく触れた通りです。WFP(国連・世界食糧計画)は、アフガンが世界最悪の食糧危機に直面し、現在国民の三分の一に相当する760万人が飢餓線上にあると警鐘を鳴らしています。私たちもまた、食料自給がアフガンの生命線と見て、各方面と協力し、最悪の事態を乗り切る実例としたいと思います。

ミラーン取水堰着工式で、正装用ターバンを戴く中村医師

日に日に浸食が進み流失するミラーン地域の農地。左に稲が見える

ミラーン村落保護。護岸600mまでは50m間隔で石出し水制(計12基)を置き、下流では高水敷に堤防を置き、越流型水制で保護する

ミラーンの現場は視認できる手頃な高台がないので、急きょ作業範囲全体1.2㎞が見渡せる5mのやぐらを組んだ

予想外の消滅と浸食

しかし、取水堰は大自然が相手で、こちらの希望通りにはいきません。特にミラーン取水堰の建設は、我々でさえ予測できぬ事態の連続です。

10月に着工した際、今年7月に最後の調査をした折に観察された場所が消滅しているではありませんか。新たな河道が発生し、予定した取水口から約130mが、河の一部となり、目前で村落の浸食が進んでいました。この間わずか三カ月で、大した洪水もなく、楽観的にさえ考えていたのです。

交通路である護岸も倒壊したり、浸食されたりで、予定作業地に近づけません。これには驚きました。最終的に護岸線を約2.5㎞とし、取水口建設予定地まで1.4㎞の護岸=交通路確保を天王山と見て、全力が傾注されました。

この間、村民の死者・行方不明五名、目の前で村落が崩されていきました。やっと交通路が確保され、護岸工事の基礎が始められたのは11月も下旬のことでした。記録的な超突貫工事で、PMS・住民・行政が一体となっての体当たり工事で、交通路が確保された時は、みな虚脱状態でした。

しかし、自然が与える時間は限られています。増水の始まる2月下旬には主な見通しをつけておかねばなりません。へとへとになった職員たちを叱咤激励し、やっと取水堰・取水門の着工に至り、現在、着々と仕事が進められています。

「見通し」とはよく言ったもので、取水堰が着工すると、工事の全体像が皆に見えるようになり、元気が出てきます。取り込んだ水の扱いは、何とかなるからです。工事の山は去りつつあり、一同元気を取り戻しています。一時は絶望視する向きもあったのです。

オレンジの花・詩会

悲壮な出来事ばかりではありません。来年の「オレンジの花・詩会」開催が、ガンベリ農場で決まりそうです。この詩会は、数百年前からずっと続いてきた文化行事です。パシュトゥ人は皆、詩が好きです。

南部カンダハルの「ざくろの花・詩会」と並んで、ジャララバードの詩会が有名で、詩人たちが花の季節に集い、詩を朗読し合います。

これは身分や貧富、地域・国境どころか、政府・反政府という立場も超えるもので、政治性が全くないものです。即興詩の掛け合いという点で、昔の日本の和歌に似ています。パキスタン側のペシャワールやワジリスタンからも人々が集います。読み書きができないことさえ問題になりません。

でも背景には、私たちが訴え続けてきた干ばつ問題があります。かつてジャララバードの早春の象徴であった柑橘類が絶滅に近く、近年、開催が危ぶまれるようになっていました。そこで、開拓地・ガンベリ農場を柑橘類の一大出荷地とし、復活の象徴としようということです。現在約5000本の苗が移植されていて、最終的に数万本をめざしています。

干ばつ被災地から移植後6ヶ月。ガンベリ農場オレンジ園の現在
2014年10月末

今年完成したカシコート取水門。PMSでは、1)河道全面石張り式斜め堰、2)二重堰板方式の取水門、3)蛇籠工・柳枝工による主幹水路、4)調節池(沈砂池、堰板式の送水門、底水をさらうスライド式排水門)を一連の「取水システム」とし、将来クナール河流域やカブール河本川で拡大する方針

各取水門にはめ込まれた石板。上記の取水システムは地元勢の強い要望で「中村方式」とされた

今年カンレイ村に設置した直径6mの揚水水車2号機。用水路底から5.2m汲み上げ灌漑する

レシャード先生の訪問

先日、珍しいお客さんが現地を訪問されました。45年間日本に在住するアフガン人医師のレシャード先生です。アフガンの荒廃に胸を痛め、静岡で「カレーズの会」を主宰しておられます。お父上が有名なカンダハルの詩人だということが分かり、一同最大の尊敬でお迎えしました。

詩会開催の話を聞くと目を輝かされ、すっかり緑に包まれたガンベリ「沙漠」を、いつまでも眺めておられました。

悲惨なこともありますが、心温まる出来事もあります。少なくとも、現地事業には希望があります。飢餓と戦乱の中でひと時の人間らしさを味わえる文化的な空間があります。それは大地に根ざす悠久の流れと一体で、今後も変わらないものの一つでしょう。

皆さんの変わらぬ支えでここまで来られたことを、心から感謝します。

人はパンのみにて生きるにあらず。冬の河川工事は厳しいですが、それが人々の物心両面に潤いをもたらすと思えば、ずいぶんと励みになります。

良いクリスマスと正月をお迎えください。

2014年12月  ジャララバードにて

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