蛇籠・聖牛の生産に奮闘しています

水路・灌漑計画担当 鈴木 学
ペシャワール会報76号より
(2003年07月09日)

トルハムのバザール
トルハムでの「恩恵」

5月の終わりにアフガニスタンとパキスタンの国境、トルハムでPMSが掘った井戸の政府への譲渡式があって以来1カ月半ぶりのトルハム。ペシャワールで用水路建設に必要な機械を注文した帰り、午後5時に国境を越えてアフガニスタンに入ったのはいいが、入国スタンプを押してもらい車に戻ると鍵が開けられない。ドライバーが車内に鍵を忘れたのである。アフガニスタンでは仕事をしようとすると何かが起きる、そのうちこの程度で驚くことはなくなる(本当に遅くなるときは窓を割ればすむなと考えていた)。

さてどうしたものかと思案していると、向かい側の政府の建物から背が高く落ち着いた人物が出てきた。彼は我々に「心配いらない。まあ中に入ってジュースでも飲んでくれ」と言い、、建物内に案内してくれた。そしてあまり上手ではない英語で、トルハムでは1リットルの水が20ルピー(約40円)していたこと、PMSの井戸はずっと飲料水に悩まされ続けてきたこのトルハムの水問題を解決してくれたこと、そして本当に感謝していることを何度も述べた。

20分後、呼ばれてきた腕のいいメカニックが針金とドライバーで鍵を開けてくれた。一瞬でドアを直して当然のように帰っていくメカニックを追いかけてドライバーが数十ルピー渡していたのが印象的だった。

ダラエ・ピーチとダラエ・ヌールの差


木陰のある伝統的な用水路
(クナール州チャガサライ)
ダラエ・ピーチは水が豊富だ。PMSの診療所は標高2500メートル以上の場所にある。毎秒50立方メートルを優に超えると思われる雪解け水がごうごうと谷を流れ下っていく。標高5000メートル以上の山々から来る水は豊富である。対照的に、標高5000メートル以下のダラエ・ヌールの山には5月中に雪はなくなる。

5月の終わりには中村先生とダラエ・ピーチに行った。建設中の診療所は非常にしっかりした作りで完成後が楽しみである。道中、たくさんの水路を見ることができ大いに自信がついた。住民が自ら作ったものと、NGOの仕事は一目で区別がついた。一方はひび割れたコンクリートからしみ出す水とNGOの名前、他方は桑と柳がしっかりと根を張り、木陰のある水路の岸を涼しげに歩く子供たち。

夜は満天の星空、中村先生から若い頃の武勇伝などたくさんお話を聞くことができた。何が何でも用水路を通す覚悟ができた。

トルハムの給水所で水を汲む子供達
ダラエ・ピーチから帰って数日後、ダラエ・ヌールに向かった。自分は助手席、中村先生は後部座席で横になっておられた。たとえ横になったとしても、ジャララバードからダラエ・ヌールへの道で睡眠をとることは困難だ。アスファルト舗装区間はほとんどなく、他はすべて凸凹道だからである。

ドライバーは少しでも車の揺れを押さえようと普段あまり通らないシェイワ村の裏(クナール河が流れ、シェイワ水路が走っている方向とは反対の山側)を抜けてダラエ・ヌール渓谷に入る道を選んだ。そこには広大な平原がひろがっていた。

思わず先生を起こして見てもらった。これから作る用水路の終着地点の先には、ダウード政権時代に灌漑された広く(8000ヘクタール以上)肥沃な大地が存在していた。用水路の可能性が無限に感じられた。


蛇籠生産工場にて
蛇籠フレームを作る
土木の知識生かしたい

アフガニスタンでは、特に農村部において子供の労働力の占める割合は大きい。ダラエ・ピーチからの帰り道、朝日を背に、干し草を背負って坂道を慎重に登ってくる少女の姿は昔から変わらぬ人間の営みそのものだ。

蛇籠(じゃかご)工場の建設にきていたレイバー(作業員)の中には15歳前後の少年もいる。同じ子供でも小遣い稼ぎに来ているか、家族を背負って来ているかは目を見ればすぐに分かる。黙々と真剣なまなざしで働く彼らをみると、勇気が湧いてくる。「なんとしても水を引くぞ」という気持ちに拍車がかかる。

現在、自分の主な仕事は用水路の取水口付近に大量に必要となる蛇籠・聖牛(ひじりうし・せいぎゅう)の生産体制を整えることである。蛇籠というのはワイヤーで編んだ網を箱状にしてその中に石を詰めたものである。護岸や水の制御に用いられる。聖牛はコンクリート柱の三角錐で、蛇籠同様主に水の制御に用いられる。どちらも日本で昔から使われてきた技術であり、それに改良を加えて今に生かそうという試みである。

こちらでは、自分が日本で学んだ土木の知識が役に立っている。まさか水路を引く計画があるなどと、露とも知らずにアフガニスタンに入った。そんな自分にとって、もうやりたくないと思った測量をはじめ、鉄筋コンクリート工学や土質力学、水理学など何年か前に学んだことがそのままでは無理にしろ、今役立っていることを考えると、不思議な気持ちになる。

取水口から5キロほど離れた場所にアコモデーション(宿舎)があり、そこで蛇籠と聖牛の生産も行われる。今は生産工場の建設工事に追われる毎日である。”工場”とか”建設工事”とか聞くと、なんだか大げさに聞こえるが、何のことはない煉瓦で柱を建て、竹で梁を作って、その上にすだれとわらを敷き、水でこねた泥を塗れば蛇籠工場の屋根が完成する。土を運んで平らにならし、蛇籠フレームを並べれば生産体制の完了である。と、一口で言えてしまうが、実際の作業はシャベルと現地の人の手で全て行われるわけで、そこは日本と全く異なる。

現地のレイバーとの作業はおもしろい、焦っているこっちの気持ちなど彼らに分かろうはずはない。こちらには真剣な態度と的確な指示が必要とされる。はっきり言ってこういう時、言葉はあまり役に立たない。絵を描いて説明したり、時には実際にやってみせることも重要である。言葉よりも毅然とした態度の方がよほど重要なのだ。徐々に形成されてゆく信頼関係。毎日が真剣勝負である。


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