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戦争以上の忍耐と努力
~天地人の壮大な構図の中で実感~

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲
ペシャワール会報89号より
(2006年09月27日)
混乱の背景に旱魃

 みなさん、お元気でしょうか。

 今年も熱い夏が過ぎ、やっと山場を越したところです。

 アフガニスタン南部では、タリバーン勢力の大攻勢が始まり、既に面の実効支配が一部に実現したと報ぜられています。これまで首都カーブルを出なかったISAF(国際治安支援部隊)が米軍の要請で展開、激戦が続いているそうです。9月初め「200名のタリバーン兵を殺害、英国部隊をはじめ、NATO軍に20名の戦死」とのニュースが流されました。

 その直後に、他ならぬアフガン政府が、「犠牲者の多くが一般市民だ」と報道、情勢は混沌としています。カーブルやジャララバードの大都市でも外国軍に対する襲撃が頻発するようになっています。「見えない敵」に対して、外国軍は兵力の増強を図り、英軍4000名を筆頭に、オーストラリアやNATO加盟諸国から増派が続けられています。

 現政府の中にも変化があり、法務省が旧タリバーン政権のイスラム法を事実上復活、名指しを避けながら「外国による干渉」にいらだちの声も聞かれます。世界の非合法麻薬の93%がアフガニスタンで生産されていると国連も憂慮、WFP(世界食糧計画)は国民の半数が餓えに直面すると訴えています。

 アフガニスタンは過去最悪の事態に直面していますが、これは私たちが以前から訴えてきたことの帰結であると言えるでしょう。混乱の背景に史上最悪の大旱魃があり、人々が追い詰められている事実があります。これが意外に報されていないのです。

 このため、PMS(ペシャワール会医療サービス)としては、東部の旱魃対策に全力を注ぎ、少しでも飢餓を緩和し、自給自足できる平和な農村の回復を目指してきました。


土石流に襲われる


土石流によって埋まった取水口
 しかし、灌漑用水路計画も災難続きでした。今年4月、10キロメートル地点に達した用水路は計1500ヘクタールを潤し、さらに進展していますが、7月24日、取水口を猛烈な土石流が襲い、埋めつぶされてしまいました。これは米軍下請けの道路会社が自然の涸れ川の流路を無視して、その上に施設を建設したためです。取水口はジャリババ渓谷の下流に相当し、上流で雨が降ると激しい流れが水路を襲います。このため、私たちは「涸れ川橋」で自然の流れを導いていました。

 現在、水路の上流地方、クナール州やヌーリスタン地方で農民の反抗が広がり、米軍の活動が活発になっています。このため、補給線の確保に猛スピードで道路舗装が進められています。当方の警告にもかかわらず、おそらく、ゆとりがなかったものと思われます。

 「復旧に1年かかる」との噂が流され、せっかく回復した農地を耕す人々は落胆しました。「日本人が作り、米国が壊した」とささやかれ、道路会社を警備していたアフガン人兵隊さえ反感を隠しませんでした。


蛇籠の護岸びくともせず


土石流に襲われた用水路。柳によって守られた蛇籠の
護岸は無事だった。
 季節はコメやトウモロコシの熟成期に入っています。いま水が涸れると、秋の収穫は大打撃を受けます。7月29日現場に戻った小生は、「先ず、水を通せ! 本格的な改修は稲刈り後だ」と指令する一方、米軍当局者と交渉、地形を説明して自然の流路を確保するように求めました。

 「You are too optimistic! (君らは甘い!)この微妙な時期に、水路の水が途絶えると、食い詰めた住民がどう思うか。今まで何度も誘拐、襲撃を受けた君たちなら分かるだろう。住民たちの反応次第で、我々は引き上げを検討する。君らが住民と対応することになろう。雨季は9月まで続く。土石流は明日再びくるかも知れぬ。急いでいただきたい」

 実際、これほどの強硬な態度に出ないと、米軍民生局と下請けは動かないのです。普段威圧的な当局者は、少し神妙に見えました。偶然か、この交渉直後に再び雨が降り、慌てた会社はこちらの指示に従って自然流路の修復工事を始めました。

 しかし、この土石流災害は図らずも水路の強靭さを実証したのでした。一見派手に壊されたのは、取水口周りの門番小屋や手すりなどの付け足した部分で、柳の根に守られた蛇籠の護岸はびくともしませんでした。将来の予定取水量毎秒8トンを得るには、幅6メートルの流路の水深を1.3メートル以上にしなければなりません。現在の固定水深が約0.5メートル、果たして水路壁が耐え得るか、多少の不安がありました。  ところが、急激な土石流は大量の水を水路にあふれさせ、取水口から1.5キロメートルまで何と水深3メートルの洪水が流下しました。当然、水は水路の土手を越え、かつて脆弱だった部分からクナール河の方へ流れ出しました。でも過去2年間の改修を重ねた決壊部は補強の結果、全く無傷だったのです。

 浚渫の手間に時間がかかると見て、水門を全開させ、水圧で強引に土砂を流させ、待ち構えた重機をフル稼働して流れてくる大きな砂利をすくい上げました。こうして7月30日には灌漑が再開、秋の収穫を諦めていた農民たちは狂喜しました。


再び土石流・・多くの民家が流失


全壊に近い被害を受けた取水口の
チョキダール(守衛)小屋
 でも甘かったのは米軍当局だけではありませんでした。今年は異例の少雨で、私たちも油断していました。水路工事の先端、ブディアライ村は大渓谷・ダラエヌールの下流に当たります。この渓谷の規模は、取水口近くのジャリババ渓谷の数百倍は優にあります。
3月以来、一滴も雨が降らず、油断した私たちは自然の暴れ川の猛威を忘れていました。取水口の復旧直後、急いで計画変更を行おうとした矢先、ダラエヌール渓谷上流に降雨があり、8月4日、大量の土砂を含んだ水が工事先端500メートルを埋めつぶしました。

 更に8月15日、畳一枚もあるような巨石を転がしながら、再び濁流が押し寄せ、水圧が道路をもめくりあげて破壊、中流域では200年前にできたモスクが流失、多くの民家が濁流に飲み込まれました。新設の分水路は危機一髪でした。設計と方針を大幅に修正し、胆の冷える思いがしましたが、これはよい経験になりました。自然は恵みももたらしますが、人間が自然の掟を忘れると、無言で激しい警告を送ってきます。  それでも、渇水に悩むシェイワ、シギの両既存用水路へ送る分水路を8月末までに完成、10キロメートル地点の新設水門が開かれ、シギ用水路への送水が始められました。
渇水地獄と戦火の拡大、この殺伐たる世界の中で、せめてものオアシスです。とはいえ、安全と平和は歩いて来ない、戦争以上の忍耐と努力、自然との共存の知恵が要ることを天・地・人の壮大な構図の中で実感させられた熱い夏でありました。

 作業は今もなお続けられています。日本にあって私たちの事業を支えて下さる方々に感謝し、いっそうの御理解を賜りたいと存じます。

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