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診療の拠点をアフガニスタンに
PMS基地病院は11月までに全面移転

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲
ペシャワール会報93号より
(2007年10月03日)
中央政府による突然の改善命令


10年間に亘り患者たちの憩いの場となったPMS本院の中庭
 アフガニスタン、パキスタン共に大きな動きが予想以上に急速に進んでいます。
 先の年度報告で医療活動の危機を訴えましたが、その後の経過をお伝えします。

 既に年度報告で触れたように、PMSは1986年、難民救援団体としてパキスタン政府に登録され、当事無視されていたアフガン人のハンセン病患者の診療から出発、その後アフガニスタン山村部の無医地区診療モデルを作ることを目指して活動を続けてきました。

 1998年4月、このために恒久的な基地病院をペシャワールに建設、パキスタン政府に認められた難民支援の国際団体であると同時に、北西辺境州政府に認可された団体(社会福祉法人)として二重の地位を得ました。これは、半永久的なハンセン病専門施設を置き、長い年月を要する同病の患者のケアを目指したものでありました。
 また、「いずれ難民機関のステータスは消滅するので、地域の医療機関として根を下ろしたがよい」とのパキスタン政府高官の勧めに従ったものでありました。私たちは、「これで現地に土着化して活動できる」と信じ、完璧に合法性を遵守してきた積りでいました。

 しかし、今年5月になってアフガン難民強制帰還の動きが始まると、突然「診療内容の改善命令」が中央政府から出されました。「正規の看護師がいない。州政府への二重登録は違法である。州政府認可なら外国からの運営費を使えず、管理者はパキスタン人でなければならない」というものでした。

   調べてみると、確かに法的には改善命令は正しいものでした。ただ、解せないのは、それなら何故9年前にそれを知らせなかったかということです。また、ハンセン病に対する医療関係者の偏見が強く、パキスタン人の医療者は就職したがりません。それに、ハンセン病の合併症は、整形外科、形成外科、眼科、皮膚科、神経科と、総合的なケアを要するので、特別な訓練が必要です。やむなく、自前で診療要員を育て上げ、現在に至っています
 そこで、合法性を得るために、資格のあるパキスタン国籍の看護師、医師などを雇用し、「基準」を満たす努力を続けました。だが今度は、日本人ワーカーのビザ取得が困難になりました。ひどい場合は、2週間しか滞在が許されず、出入国を繰り返していると診療ができないのです。それでも患者のために不便を凌いできましたが、ひとつ「改善」を達成すると、また次の「改善点」が要求されます。こうして役所との対応に忙殺され、とても診療ができる状態ではなくなりつつありました。

 ついに万策尽き、疲れ果てた当方は、「改善命令が事実上の閉鎖要求であり、難民強制帰還に伴う国家方針」であることを悟り、拠点をアフガニスタンに移して実質的な診療に力を注ぐべきだとの結論に至りました。だがアフガン側でも、実現不可能な紙上の「改善要求」が多く、一時は最後の拠点であったダラエヌール診療所の閉鎖も考えたほどです。

 しかし、心ある人は行政の中にもいます。ニングラハル州保健省、カーブルの中央政府保健省大臣は私たちの過去の活動を知っており、熱烈なPMS支持者でした。アフガン撤収・ダラエヌール診療所閉鎖に猛反対しました。結局、彼らの好意によって合法性を獲得、ジャララバードに医療活動の拠点を移し、診療所継続が保証される見通しが立ったのでした。もともとハンセン病患者の大半はアフガニスタンの東部在住者/出身者が圧倒的に多いこと、パキスタン国籍者でも実質的に国境を自在に越えることを考えると、これ以外の選択は考えられなかったのです。こうして、私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)は、その名称にもかかわらず、拠点ペシャワールを空けてジャララバードに移ることになりました。


政変の兆しと凶作

 それでもアフガニスタンの現状は、前途多難です。

 9月20日現在、アフガニスタン南部・東部・北部の各州で、戦闘は激しくなっています。欧米軍は増派されて5万人以上の大兵力となり、他方「タリバーン勢力」の面の実効支配は、徐々に、かつ確実に首都カーブルを包囲しつつあるように思われます。日本外務省は、既に7月段階で「渡航延期」を勧告し、さらに「真にやむを得ない事情で首都カブール、ジャララバード、ヘラート、マザリ・シャリフ及びバーミアンの五都市に残留せざるを得ない場合を除き、直ちに退避するよう強く勧告します(9月16日)」と、危険を訴えました。

 毎日数百名の単位でアフガン人たちが命を落としています。公式の発表では「NATO軍、○○名のタリバーン兵殺害」と報道されますが、大半の犠牲者は普通の農民や市民たちです。国際赤十字委員会は、「犠牲者の半分以上が無関係の人々だ」とし、活動を「緊急態勢」に切り替えました。米国に擁立されたはずのカルザイ大統領自ら、「アフガン人の命が軽視されている」と訴え、外国軍に自重を促し、タリバーン勢力と水面下で話し合いが進められていると伝えられます。
 この急速な戦闘激化とアフガン人一般市民を巻き込む犠牲増加の背景は、

1.危険な地上戦をANA(アフガン国軍)に主に請け負わせ、欧米軍による攻撃が主として空から安易に行われるため、周囲を巻き込みやすい。

2.タリバーン勢力と一般パシュトゥン農民と区別がつかず、単に支持者である非戦闘員も「タリバーン兵」と誤認される。

3.理由もなく殺害された者の肉親が、政治とは無関係に「報復」に外国軍を攻撃したり、タリバーン勢力を幇助したりで、悪循環を作っている。

4.タリバーン勢力の主力がパシュトゥン農民そのもので、土着性が強い。必ずしも「イスラム過激派」とは限らない。「国際テロ組織」とは無関係に、「外国人に荒らされた郷土の防衛」という動機が強い。

5.首都の華美な風俗と貧困層の状態との余りの格差、外国兵の横暴、強盗、殺人事件が増える中で、旧タリバーン政権による治安の良さを懐かしむ声が強くなっている。

などがあげられますが、報道されない最も重要な事態は、今年の大凶作です。アフガン東部では7月から雨が一滴も降らず、異常気温上昇で春先に洪水が頻発、残雪が消えています。このため、中小河川流域の耕地は全滅に近く、カーブル河、クナール河のような大河川でも、8月段階で平年の11月から12月なみの水量です。水源であるヒンズークッシュ山脈で、もう解けて下る雪がないのです。


灌漑用水路は第二期7キロの延長工事が着々と進む
 このため、作業場周辺の広大な農地も、危機に瀕しました。河の水位が下がったため、コメやトウモロコシの全滅がささやかれました。まだ残暑がある時期にこれほど河の水が減ったのは、過去なかったそうです。用水路建設班がジャララバードに隣接するベスード村(約2千?3千町歩)の二つの取水口を復旧しましたが、シェイワ郡一帯(約2千町歩)は復旧が不可能、PMSのマルワリード用水路に100%頼る状態となりました。おかげでニングラハル州北部は安定しましたが、これはアフガニスタンで例外的な幸運例だといわざるを得ません。

 国際協力や国際貢献がこれだけ議論されているのに、小さな用水路さえ修復する助けもないのです。人々は追い詰められた心情に陥っています。

   現在、マルワリード用水路については、来年4月に全長20キロを完成して一挙に数千町歩を潤し、10万人の人々が暮らせるよう必死の突貫作業が継続されています。


治安悪化へ対応

 他方隣国パキスタンでは、内戦前夜を思わせる状態が続いています。行政の混乱だけでなく、既述のアフガン難民強制送還による影響もあり、ペシャワールでは暗殺、爆破事件が頻発するようになりました。8月下旬、パキスタン・アフガニスタン両国の政情の緊迫化に伴い、わがPMSも「非常事態」と認識、以下の当面の方針が打ち出されました。

1.懸案のPMS病院基地病院は、ジャララバードに11月までに全面移転する。約10年間機能した基地病院は捨てがたいが、アフガン側で再興を図る。まずダラエヌール診療所を充実、ハンセン病等の診療設備を長期的視野で建設。

2.マルワリード用水路は、突貫工事態勢を敷く。2年分の予算を投じても、第2期7キロを来春にまで完成、数千町歩灌漑を実現すべく全力を尽くす。パキスタンから強制帰還させられる難民の大半がニングラハル州にとどまり、州やカーブル政府にとっても大きな圧力になっている。その負担を軽減すれば、少なくとも同州北部の混乱を避けうる。

3.安全対策には万全を期すが、都市部は我々にとって危険になりつつある。日本政府の動き次第では、我々の安全に甚大な影響を及ぼす。欧米軍への協力姿勢が打ち出されれば、独自の現地情報と判断に基づき、日本人ワーカーを段階的にアフガニスタンから退去させる。危機管理の自衛対策をとる。

4.「海外からの安全情報」は、しばしば現実と異なるので軽挙妄動しない。指示があるまで粛々と任務を継続し、日本人ワーカーが退去しても基本的な事業に中断なきよう、作業工程、事業規模等を考慮する。地元農民や地元医師の手でも続けられる態勢をとる。一朝事あれば、思い切った方策をとる。


「国際社会」からの名誉ある孤立を


ダラエヌールの用水路と子供たち
 政情と「国際世論」を見る限り、「むなしい」の一語です。もう放っておいて欲しい、そう思います。6年前の「アフガン報復爆撃」と「アフガン復興ブーム」のとき、誰が現在の状態を予想したでしょうか。欧米諸国の軍事介入、「対テロ戦争」の結末は既に結論が出たと言えるでしょう。武力介入は、良き何物も、もたらしませんでした。アフガン民衆の現状を抜きに進む先進諸国の論議に、忍耐も限界に近づきつつあります。

 よく「日本だけが何もしないで良いのか。国際的な孤児になる」ということを耳にします。だが、今熟考すべきは、「先ず、何をしたらいけないか」です。

 「徳は孤ならず、必ず隣あり」と言います。目先の利を離れ、和を唱えて孤立するなら、それは「名誉ある孤立」であり、世界の人々の良心に力強く訴え、真に国民を守る力、平和への国際貢献となるでありましょう。その時、私たちはアジア民衆の友であり、平和日本の国民であることに、胸を張ることができるでしょう。

 民衆の半分が飢えている状態を放置して、「国際協調」も「対テロ戦争」も、うつろに響きます。よく語られる「国際社会」には、少なくともアフガン民衆が含まれていないことを知りました。しかし、このような中でこそ、私たちは最後の一瞬まで事業完遂を目指し、平和が戦争に勝る力であることを実証したいと思います。皆様のご理解とご協力を切にお願い申し上げます。

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