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「緑の楽園」、実現への最終工区へ
日本人は撤退、用水路は20キロを通過

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村哲
ペシャワール会報97号より
(2008年10月29日)

みなさん、お元気でしょうか。
 去る8月26日の凶弾に倒れた伊藤和也さんの事件以来、ずいぶんと心配された方も多いかと思います。また、秋に予定されていた報告会が各地で中止となりましたこと、主催者と会員の方々に深くお詫び申し上げます。
 9月中にアフガニスタンに留まっていたワーカーが全員帰国し、10月にはパキスタン・ペシャワールからも全て居なくなります。これは、07年度報告(会報96号)で述べた通りで、年内の日本人ワーカー一時引上げの時期が早まったからです。理由は伊藤さんの事件だけでなく、8月以降、予想以上に悪化する治安を考慮してのことでした。
 といっても、ペシャワールの基地病院を除けば、事業が停滞している訳ではありません。用水路は最後の難関である20キロメートル地点を通過し、同地点から延ばされた分水路によって、これまで水の届かなかった乾燥地帯、1000数百ヘクタールが間もなく潤されます。
 故・伊藤和也君がかかわっていた試験農場は、11月に一区切りをつけ、その成果を元に、新たに開墾される広大な農地で大々的にかされることになります。医療面では、ペシャワールとその周辺がアフガン以上に危険になったので、しばらく病院の規模縮小が行われます。当面は、ハンセン病患者の診療拠点をアフガン側のジャララバードに移さざるを得ないかも知れません。しかし、これも年度計画で述べた通りで、みなさんのご理解を賜りたいと存じます。


伝えられないアフガンの死

 「医療団体」が診療規模を縮小してまで、なぜ水利事業と農業振興に心血を注いでいるのか、不可解に思われることがしばしばあります。日本では理解し難いかもしれませんが、清潔な飲料水と十分な食糧さえあれば、多くの命を救えるからです。アフガンでは児童の死亡原因の大部分が栄養失調、赤痢などの下痢症で、要するに水がないからです。かつて豊かだった農村地帯は沙漠化で見る影もありません。
 病気だけではありません。パキスタンの難民300万人、アフガン国内で100万人以上と云われる国内避難民は、殆どが農村地帯で生活できなくなった人々です。これに戦争という人災が加えられます。日本では、外国兵の死亡はよく伝えられますが、罪のないアフガン人の、「誤爆」による犠牲は偶にしか伝えられません。一人の外国兵の死の背景には、百を倍するアフガン人の殺戮があることに、思いを致すべきかと思います。日本からアフガン情勢をめぐる論評をよく耳にします。しかし、現地に居る小生から言わせれば、殆ど空虚に響きます。「自分の国もまともに治められないのに、国際貢献だのと天下国家の議論はもうよい。空爆下のアフガン人の命はどうなるのか」と言いたい所です。ましてや、伊藤くんの死を「反テロ戦争」などという政治の具に使う発言を聞けば憤死の思いです。暴力は暴力によって倒されるという鉄則を信じ、今は沈黙したく、人命の尊重には実事業の完遂を以て応えたいと思います。


小麦価格はうなぎ上り

 アフガン東部は、今パキスタンから送還された難民であふれています。着の身着のまま沙漠に放り出されたような集団を、あちこちで見かけます。けば、パキスタンだけでなく、アフガン国内の避難民も大です。
 問題は絶対的な食糧欠乏です。小麦価格はうなぎ上り、パキスタン国内だけでも、パンジャブ州で小麦20キログラムが400ルピー、ペシャワールで800ルピーと約2倍、さらにアフガンのジャララバードでは3倍の1200ルピーです。間もなく冬が到来します。働くもなく沙漠に放り出されている人々、戦争で村を追い出された人々、彼らはどうやって生き延びたらよいのでしょう。
 本当は戦争どころではないのです。
「危険情報」や「危機管理」という言葉は、現地の人々にはありません。逃げろといっても逃げる所がないのです。「猫をかむ」と言います。もう追い詰められた人々が我慢している時期は過ぎました。最近は女性や子供による「自爆テロ」までが、急増しているそうです。大抵は外国軍の空爆で肉親を失った家族で、復讐社会では当然考えられることです。子供を爆撃で失った親の気持ち、バラバラに飛散した親の死体を集める子供の心情を思い浮かべてください。米軍に擁立されたカルザイ大統領でさえ、「これ以上アフガン人市民を犠牲にするな」と激しく外国軍を非難したそうです。「○○村の空爆で市民が○○名死んだ」とか、「隣のパキスタンで○○村が戦闘状態に入った」とか、「無人機がテロリストの居る村を攻撃して○○名の婦女子が死んだ」とか、このところ連日、やり切れぬニュースばかりです。
 

最終地点ガンベーリー沙漠の測量を完了

 ともあれ、暗ければこそ明かりを灯す価値があります。このような事情の中でこそ、アフガン東部の限られた地域ではありますが、私たちは言葉ではなく、実のある行為と実績を以て、平和の何たるかを実証するでありましょう。理念や信念の問題ではありません。目前で展開する事態に対し、いかに人間らしくかかわるかの問題であります。
 わがジャパン用水路では、このところ帰農する旧難民が増え、緑が勢いよく広がっています。作業現場では毎日、500名を超える農民たちが必死で働いています。最終目標地点である、ガンベーリー沙漠の横断測量を完了し、ルートが決まりました。その幅約3キロメートル、熱砂にられ、容赦なく照りつける陽光、限りなく広がる沙漠、茶褐色の山肌と紺碧の空、その彼方に蜃気楼のように緑の楽園を想像するのも嬉しいことです。日本人ワーカーが全て去り、多少寂しいですが、「少なくとも、ここには希望がある」という確信、いや確信というよりは喜びが、小生の役得であります。皆が去った分だけ忙しくなったものの、オンボロ重機の唸り、シャベルをふるって汗を流す人々の気迫、威勢のよい喧嘩まで、何やら頼もしさを覚えるこの頃であります。
 日本にあって平和を願う人々と祈りをあわせ、志半ばに逝った伊藤くんの分まで、存分に力を尽くしたいと思います。


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