■会員の皆様に活動の報告をするため年4回お送りしているペシャワール
会報です。ここでは、過去会報に掲載した記事の内の一部をご覧頂くこと
ができます。(84号以降は表紙も含めて目次を全て記載しています。)
最新号/110号(2011年12月13日発行)
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■人と和し、自然と和すことは武力に勝る力 | 中村 哲 | |
| ■日本のことが少し見えるようになった |
村上 学 | ||
| ■洪水を経験、事の重大さ理解 | 村井 光義 | ||
| ■PMSに勤務して15年が経ちました | ジア・ウル・ラフマン | ||
| ■17年間さまざまな部署で働いてきました | ヌール・モハマッド | ||
| ■ワーカーOB近況報告     大地と共に生きる人々の強さを思い出します |
山口 淳史 |
最新号/109号(2011年10月19日発行)
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■朽ち果てる富に振り回されるのは自滅の元 | 中村 哲 | |
| ■井戸掘りの技師から会計担当で10年 | ハニフラ・タハリ | ||
| ■日本は唯一、政治的目的なしに支援してきた | アブドュル・サブール | ||
| ■走馬灯のような24年 | サルフラーズ | ||
| ■ワーカーOB近況報告     生粋のふぐしまっ子です |
紺野道寛 |
会報108号(2011年7月13日発行)
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■人間と自然との関係が     大きく浮き彫りにされた一年間   ~2010年度現地事業報告~ |
中村 哲 | |
| ■2010年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| ■コレラ発生の際には全職員一丸となって | ドクター・ハフィズッラー | ||
| ■マドラサ寮(寄宿舎)完工で孤児らに恩恵 | ペシャワール会事務局 | ||
| ■全国の皆様にお礼申しあげます | 伊藤和也家族一同 | ||
| ■全国33ヶ所、9000人の方々に     ご来場いただきました |
松永貴明 | ||
| ■物価は去年の二割高 | 村井光義 |
会報107号(2011年4月18日発行)
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自然の定めの中で人が生き延びる術を提示 | PMS院長 | 中村 哲 |
| 東日本大震災で被災された方々へ | 現地から寄せられたお見舞 | ||
| 取水口改修と護岸工事、35万人に恩恵~PMS事業報告~ | PMS副院長 | ジア・ウル・ラフマン | |
| 現地の潤滑油になれるよう | ペシャワール会事務局・現地連絡員 | 杉山大二朗 | |
| 増水を睨みながらの突貫工事で完了 | ペシャワール会ワーカー | 鈴木 学 | |
| 現地住民の強い意思で進む大工事 | ペシャワール会事務局・現地連絡員 | 村井光義 | |
会報106号(2010年12月8日発行)
|
「最大規模」の復旧作業と 自然の恵み |
PMS院長 | 中村 哲 |
| ああ、我が恥多き所行 | ペシャワール会事務局・現地連絡員 | 杉山大二朗 | |
| 三つ目の取水口工事、四度目の「冬の陣」 | ペシャワール会・ 臨時派遣ワーカー | 鈴木学 | |
| ショベルで造った“平和の路” | ペシャワール会・ 臨時派遣ワーカー | 石橋忠明 | |
| ペシャワール会現地報告写真展に寄せられた感想から | |||
| 事務局や現地が身近なものに | 大牟田写真展 開催者 | 沖牟田龍雄 | |
| ペシャワール会・現地報告写真展のお知らせ | ペシャワール会事務局 |
会報105号(2010年09月29日発行)
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百年に一度の大洪水 ~今秋より取水口の大改修 |
PMS現地代表 | 中村 哲 |
| アフガン東部における水事情と灌漑の重要性 | PMS現地代表 | 中村 哲 | |
| パキスタン・アフガニスタンを 襲った大洪水によりコレラが発生 |
ペシャワール会事務局・ 現地連絡班責任者 | 藤田千代子 | |
| TMSを通して洪水被災者を支援 | ペシャワール会事務局・ 現地連絡班責任者 | 藤田千代子 | |
| 数百万人が家を失う | TMS代表、元PMS事務長 | イクラムラ・カーン | |
| 中村医師の怪談話 | ペシャワール会事務局・現地連絡員 | 杉山大二朗 | |
| ジア医師のリーダーシップに脱帽 | ペシャワール会事務局・現地連絡員 | 村井光義 |
会報104号(2010年07月07日発行)
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地元農民の生存を賭けた働きと 日本の良心の証 ~2009年度現地事業報告~ |
PMS現地代表 | 中村 哲 |
| 2009年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| 常に現場にいた中村先生 | 元PMSワーカー | 神代大輔 | |
| 想像を絶した中村先生のプラン | 元PMSワーカー | 川口拓真 | |
| 戦争に翻弄されたわが人生(下) | PMSダラエヌール診療所看護師 | モハマッド・アーベット | |
| 「伊藤和也 アフガン菜の花基金」 でマドラサの付属寄宿舎が建設されます |
伊藤正之/ 伊藤順子 | ||
| ペシャワール会・現地報告写真展のお知らせ | ペシャワール会事務局 |
会報103号(2010年04月01日発行)
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25、5キロ完工、開拓作業に着手 | PMS現地代表 | 中村 哲 |
| 長い努力の結果、あなた方の手でできたのです | PMS現地代表 | 中村 哲 | |
| 用水路で甦った“普通”の営み | 副会長 | 村上 優 | |
| ハイスタ・オボ・ラガレ・デェ(恵みの水が来た) | 現地連絡員 | 松永貴明 | |
| 日本人がいない現地の負担を案じています | 現地連絡員 | 村井光義 | |
| おかれた状況で人事を尽くし、天命を待つ | 現地連絡員 | 杉山大二朗 | |
| 戦争に翻弄されたわが人生(上) | PMSダラエヌール診療所看護師 | モハマッド・アーベット | |
| ペシャワール会・現地報告写真展「人・水・命 27年のあゆみ」 | 現地連絡員 | 松永貴明 |
会報102号(2009年12月16日発行)
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この26年で最大規模の仕上げ作業 | PMS現地代表 | 中村 哲 |
| 26年に及ぶ数々の忘れがたい思い出を残しつつ | PMS事務長 | イクラムラ・ハーン | |
| 貧しい人々への診療を託して | 現地連絡員/元・PMS看護部長、院長代理 | 藤田千代子 | |
| みんなの笑顔に励まされ | 元・PMS植樹担当ワーカー | 梅本霊邦 | |
| 共に働いたアフガンの仲間たち(続) | 現地連絡員/元・水路事業担当 | 松永貴明 |
会報101号(2009年10月21日発行)
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用水路に「開通」はあっても「完成」はありません | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 共に働いたアフガンの仲間たち | 現地連絡チーム・ワーカー | 松永貴明 | |
| ワーカーOB報告⑧米軍の強靱な住民懐柔策 | 元・PMSワーカー | 紺野道寛 | |
| 過去30年の内戦がわが国のあらゆるものを破壊した | PMSジャララバード事務所総責任者・PMS副院長 | ジア・ウル・ラフマン | |
| 伝統の基盤であるモスク・マドラサの建設に感謝 | PMSジャララバード事務所総責任者補佐 | ヌール・ザマーン | |
| 皆さんの力を必要としています | ジア・ウル・ラフマン & ヌール・ザマーン |
会報100号(2009年07月15日発行)
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国境や政治宗教を超えた結実~ 2008年度現地事業報告 -2008年を振り返って |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 2008年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| 悪化する政情に翻弄される患者たち | PMS看護部長(院長代理) | 藤田千代子 | |
| どれひとつ欠くことのできない繋がり | 現地会計担当 | 村井光義 | |
| 「私たちが行くまで和也の事、忘れないでね。覚えていてね。約束だよ。」 | 伊藤順子 |
会報 灌漑用水路完成間近特別号(2009年05月27日発行)
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ここにこそ動かぬ平和がある | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 多くのアフガン人と自分は仕事をしてきた | PMS灌漑用水路 建設担当 |
松永貴明 | |
| 中村先生の両手は花で溢れていた | PMS事務担当 | 村井光義 | |
| 四年ぶりの訪問~言葉を超えた感動に包まれ | ペシャワール会・ 副会長 |
村上 優 |
会報99号(2009年04月01日発行)
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広がる耕地、希望集める開拓村瀬 戸際での既存水路復旧が奏功、総 灌漑地は約1万4000ヘクタールに |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 一触即発の政情下で苦闘するPMS | PMS事務長 | イクラム・ウッラー | |
| 現地に戻りたいもどかしさを堪えつつ | PMS灌漑用水路建設担当 | 松永貴明 | |
| アフガンに緑の大地を 伊藤和也 君追悼写真展、福岡で開催 |
ペシャワール会・事務局室長 | 平尾 篤 |
会報98号(2008年12月17日発行)
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迫る“終末”、今こそ25年の成果を | PMS総院長 | 中村 哲 |
| ◎2008年度上半期報告‐農村 復興事業は最終段階 |
PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 財務整理の責務を全うしたい | PMS灌漑用水路 建設担当 |
松永貴明 | |
| 政変の激浪に揺れるペシャワール | PMS院長代理/ 看護部長 |
藤田千代子 | |
| PMS基地病院の再編人事を終えて | PMSワーカー (PMS病院会計担当) |
村井光義 | |
| 我が子 伊藤和也へ | 伊藤順子 | ||
| 無題 | 伊藤みさと | ||
会報97号(2008年10月29日発行)
|
「緑の楽園」、実現への最終工区へ | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 平和こそ追悼、事業の継続を誓います | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 荒廃した農村への深く温かいまなざし | PMS農業指導員 | 高橋修 | |
| 現地は伊藤さんの成果が実る季節です | 灌漑用水路建設担当 | 山口敦史 | |
| 悔恨の念に捕われながら、日本に帰ってきました | 灌漑用水路建設担当 | 松永貴明 | |
| それぞれの良心を共有し、現地活動の平穏を祈る | 農業計画(試験農場)担当 | 進藤陽一郎 |
会報号外(2008年09月29日発行)
|
現地に行かねば始まらない、現地 の人達と一緒に成長して行きたい |
伊藤和也さんが 提出したワーカー志望動機 |
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| たくましくなった和也、今はアフガニスタンの星に | 父・伊藤正之氏 | ||
| 寡黙な実践もって伝えた「平和」 ‐憤りと悲しみを力に変え‐ |
ペシャワール会・ 現地代表 |
中村哲 | |
| 和也君の夢を、受け継いでいきます | ペシャワール会・ 会長 |
後藤哲也 | |
| 仕事に厳しく、人に優しかった伊藤さん | PMSワーカー (農業計画担当) |
進藤陽一郎 | |
| ■苦楽を共にした伊藤氏、子供達も悲しみの中に | ダラエヌール試 験農場職員 |
アキル・シャー | |
| ■この悲しみに耐える力を | PMS職員一同 | ||
| ■かけがえのない友人の魂が安からんことを | PMSエンジニア | ハビブッラー | |
| ■アフガン再建に殉じた伊藤氏の死を悼む | 地域住民からの 便り |
||
| みな、悲しみにくれています | PMS院長代理・ 看護部長 |
藤田千代子 | |
| 伊藤さんの想いは今もかの地に | PMSワーカー (用水路建設担当) |
松永貴明 |
会報96号(2008年06月25日発行)
|
自立定着村の創設に向けて -2007年を振り返って | PMS総院長 | 中村 哲 |
| ◎2007年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| ◎2007年度農業計画報告‐地域 に広がり始めた試験農場の成果 |
PMSワーカー(農業計画 現地担当、農業指導員) |
伊藤和也 進藤陽一郎 山口敦史 高橋修 |
|
| 現地スタッフに聞く | PMSワーカ (PMS病院会計担当) |
村井光義 | |
| アフガン流、休日の過ごし方 | 灌漑用水路建設 担当 |
近藤真一 | |
| ムッラーへの授業料 | PMSワーカー(ジャララ バード事務所会計担当) |
神代大輔 | |
| 炎天下のチャイ休憩 | PMSワーカー(灌漑 用水路建設担当) |
松永貴明 | |
| 近在の農民に支えられたセキュ リティ |
PMSワーカー (ジャララバード事務所 渉外担当) |
芹沢誠治 | スタッフ一丸となって小さな命を救う | ダラエヌール診療所医師 | 西野恭平 | 学校に通い始めたスタッフ | PMS病院薬局担当 | 河本定子 | 人災と天災の荒野 | ペシャワール会事務局長 | 福元満治 | ◎ワーカーOB報告: ニジェールで 植林教育とかまど作り |
元・灌漑用水路 植樹担当 |
神戸秀樹 |
会報95号(2008年04月01日発行)
|
既存の用水路も改修、本水路は 沙漠へ到達 |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| ◎2007年度農業計画報告 ‐風土、嗜好の制約に逆らわず |
PMSワーカー(農業計画 現地担当、農業指導員) |
伊藤和也 進藤陽一郎 山口敦史 高橋修 |
|
| 技術の限界は自然の力で補う | PMSワーカー(灌漑用水 路建設・植樹担当) |
藤澤文武 | |
| 非力さを痛感しつつ、医者として 全力を尽くす |
ダラエヌール診療所 医師 |
西野恭平 | |
| 悠々たる山岳の暮らしに思う | ダラエヌール診療所 事務 |
杉山大二朗 | |
| 用水路第二期工事に一時復帰 しました |
PMSワーカー(灌漑用 水路建設担当) |
紺野道寛 | |
| 成長した水路で猛者たちと再会 | PMSワーカー(灌漑用 水路建設担当) |
鈴木祐治 | |
| 激流と格闘の末、シェイワ取水口 が完成 |
PMSワーカー(灌漑用 水路建設担当) |
鈴木学 | |
| 喧騒を離れ、スタッフと日帰りピク ニック |
PMS本院臨床 検査技師 |
坂尾美知子 | |
| ワーカーOB報告: 信頼を築きながら 撮りためた写真 |
元PMS本院事務 (現在京都府在住) |
中山博喜 |
会報94号(2007年12月05日発行)
|
迫りくる大凶作 | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 喧騒を行く人々の平和を守りたい | PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
竹内英允 | |
| 干ばつに強い品種の選定が最 後の務めに |
PMSワーカー(灌漑用水路 建設・植樹担当) |
横山尚佑 | |
| 米を介して結ばれる人の絆 | PMSワーカー(農業計画担当) | 進藤陽一郎 | |
| 既存水路に「出張」の日々です | PMSワーカー(灌漑用水路 建設担当) |
松永貴明 | |
| 寄る辺なき人々の最後の砦として | PMSワーカー(灌漑用水路 建設担当) |
本田潤一郎 | |
| 寡黙な「ベラ」に好感 | PMSワーカー(灌漑用水路 建設担当) |
近藤真一 | |
| ワーカーOB報告: 不思議と居心地 が良かったです |
元・灌漑用水路 建設担当 |
川口拓真 |
会報93号(2007年10月03日発行)
|
診療の拠点をアフガニスタンに | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 植樹品種の研究にも成果が出 ています |
PMSワーカー (灌漑用水路建設・ 植樹担当) |
山口敦史 | |
| 算数大嫌いな私が会計担当に | PMSワーカー (ジャララバード事務所 会計担当) |
神代大輔 | |
| アフガン人スタッフとの交渉で仕事の 醍醐味知る |
PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
佐々木啓泰 | |
| 「日陰の木」の下で | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
梅本霊邦 | |
| 日常の中の宗教 | PMSワーカー (PMS病院会計担当) |
村井光義 | |
| アフガン人の幸福の基盤はお金で なく農村社会に |
PMSワーカー (ジャララバード事務所 渉外担当) |
芹沢誠治 | |
| いつしか一種の家族的気配が漂い | PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
石橋周一 | |
| 診療所に来られない人々のため にも何か |
ダラエヌール診療所医師 | 西野恭平 | |
| 沖縄のハンセン病療養所で研修 | PMS病院薬局 | 河本定子 | 少女ハキマはアフガニスタンへ戻っ ていた |
PMS院長代理/ 看護部長 |
藤田千代子 |
| ワーカーOB報告現在大工修行 三年めです |
元・灌漑用水路建設 担当 |
鈴木学 |
会報92号(2007年06月27日発行)
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悪化する難民情勢の中、活動の原点を固守 -2006年を振り返って | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 2006年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| 黄金色の麦畑に映える用水路に感動 | ペシャワール会会長 | 後藤哲也 | |
| 農業計画報告 地域農家に試験成果を普及する段階へ | PMSワーカー(農業計画担当) | 伊藤和也 進藤陽一郎 高橋修 |
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| 四度目の夏、四度目の水路改修 | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 鬼木稔 | |
| アフガンの「ムーミン」 | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 近藤真一 | |
| 英語力のある新人技師に期待しています | PMS本院 臨床検査技師 | 坂尾美知子 | |
| パシャイー語も徐々に習得 | PMSワーカー(ダラエヌール診療所勤務) | 竹内英允 | |
| 砂漠だった四年前が想像できない光景でした | ペシャワール会事務局員 | 野田智子 | |
| 用水路よ、永遠に! | ペシャワール会事務局員 | 藤野洋子 | |
| ワーカーOB報告現地での経験を地域医療に生かしています | 元PMS病院医師 | 小林晃 |
会報91号(2007年04月01日発行)
|
四年越しの悲願、用水路第一期 13キロ、遂に完成 |
PMS総院長 | 中村哲 |
| 会計から垣間見るアフガニス タン |
PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
西 和泉 | |
| 巣食っていたモヤモヤ吹っ飛ぶ | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
横山尚佑 | |
| サツマイモは本格的な普及段階へ | PMSワーカー (農業計画担当) |
進藤陽一郎 | |
| 宝物のような時間をもてました | PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
荒野一夫 | |
| 一仕事終えた喜びと達成感 | PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
芹澤誠治 | |
| カフェの夜は更けて | PMSワーカー (ジャララバード事務所) |
杉山大二朗 | |
| チャクニに負けたわが二年半 | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
松永貴明 | |
| 十代の若者達に鍛えられる日々です | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
本田潤一郎 | |
| 救う、ことで救われた | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
石橋忠明 | |
| ワーカーOB報告農業を通じ「 一隅を照らす」 |
元PMSワーカー (農業計画担当) |
橋本康範 |
会報90号(2006年12月06日発行)
|
用水路建設は命運を賭けた最終 局面へ |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 四年ぶりの「挑戦」 | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
蓮岡 修 | |
| 子供たちの笑顔に難工事完遂を 決意 |
PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
木薮健児 | |
| 充実感と無力感のはざまで | PMSワーカー (ダラエヌール診療所 勤務) |
竹内英充 | |
| サツマイモとお茶の加工法を研究 しています |
PMSワーカー (農業計画担当) |
伊藤和也 | |
| 自分を犠牲にしても助け合うスタ ッフの姿に感動 |
PMSワーカー (PMS本院薬局事務担当) |
河本定子 | |
| ワーカーOB報告実践と継続の大切 さを学んだ日々 |
元PMSワーカー (水源確保事業担当) |
目黒 丞 | |
| 「ダ・NGO・カールディ)これこそがNGO の仕事だ)」(『丸腰のボランティア』 を読んで) |
会員(料理教室主宰) | 米原ユリ |
会報89号(2006年09月28日発行)
|
戦争以上の忍耐と努力 | PMS総院長 | 中村 哲 |
| 「現場主義」を旨に、臨機応変なサ ポートを |
PMSワーカー(渉外担当) | 芹沢誠治 | |
| ”チャンダ”づくめのモスクができる | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
松永貴明 | |
| 17年ならした手料理の腕で事業に 参加 |
PMSワーカー(炊事担当) | 荒野一夫 | |
| 好奇心と疑問が仕事を進めてゆく | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
近藤真一 | |
| たくまざる「農業指導」の成果 | PMSワーカー (農業計画担当) |
進藤陽一郎 | |
| アフガン版「竹取物語」その3 | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
鬼木 稔 | |
| ワーカーOB報告現地で学んだ支 援の原点~医師を目指します |
元PMSワーカー (灌漑用水路担当) |
大越 猛 | |
| 自分の先入観を克服していかに 虚心になりうるか(『丸腰のボラン ティア』まえがき) |
PMS総院長 | 中村 哲 |
会報88号(2006年06月28日発行)
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悪化する情勢をよそに、用 水路は1500ヘクタールの 灌漑を達成 -2005年を振り返って |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 2005年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| 農業計画報告 | PMSワーカー (農業計画担当) |
伊藤和也 進藤陽一郎 高橋 修 |
|
| ニューオフィス建設はてんや わんやの四ヶ月でした |
PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
芹沢誠治 | |
| 殺し屋から携帯電話! | PMSワーカー(灌漑用水路 建設担当) |
杉山大二朗 | |
| 紙幣の向こうにある人々の 思いを忘れず |
PMSワーカー(会計担当) | 村井光義 | |
| 診療所門番の拘引事件を めぐって |
(ダラエ・ヌール薬局担当) | PMSワーカ | |
| アフガン版「竹取物語」(2) | PMSワーカ(灌漑用水路 建設担当) |
鬼木 稔 | |
| 会報88号おとどけしまーす! | ペシャワール会事務局室長 | 溝口武男 | |
| 「『らい』表記問題」という問題 | ペシャワール会事務局・ 広報担当 |
福元満治 |
会報87号(2006年12月06日発行)
|
第2次潅水目前、現場には活気 が漲っています |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 困難乗り越え成長するPMS | ペシャワール会会長 | 後藤哲也 | |
| 苛酷で不思議な「非日常」です | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
横山尚佑 | |
| 木を育てつつ、人も育てば・・・ | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
神戸秀樹 | |
| 結核コントロールプログラムと 検査室 |
PMS病院検査技師 | 坂尾美知子 | |
| 診療所敷地から一歩も出ない月も | PMSワーカー(ダラエ・ ヌール薬局担当) |
紺野道寛 | |
| 子供たちとの触れあいも大切な 時間です |
PMSワーカー (農業計画担当) |
伊藤和也 | |
| 振り返れば充実した「地下室」の 五年間でした |
PMSワーカー(会計担当) | 中山博喜 | |
| アフガン版「竹取物語」(1) | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
鬼木 稔 | |
| 緑の谷と化すダラエヌール | ペシャワール会・ 関東連絡会事務局 |
安藤由貴子 |
会報86号(2005年12月07日発行)
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甦る緑の大地 | PMS総院長 | 中村 哲 |
| パキスタン地震緊急支援報告・求められる長期的支援 | PMS本院事務所 | 村井光義 | |
| 地震被災者寄付金の使途について | PMS病院事務長 | イクラムラ・カーン | |
| 飽くなき水路建設事業の現場で | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 本田潤一郎 | |
| 特殊ルールでラマザンに挑戦 | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 松永貴明 | |
| 現地主義を旨にマネージメントで奔走 | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 芹沢誠治 | |
| 異文化に学びつつ、「改善」を模索中です | PMS本院薬局 | 河本定子 | |
| 取水口の改修完了、間一髪で決壊防ぐ | |||
| PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 鬼木 稔 | ||
| 「主役は農家」をモットーに | PMSワーカー(農業計画担当) | 進藤陽一郎 | |
| スタッフハウス食糧事情 | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 杉山大二朗 | |
| 頼もしきPMSの現地スタッフたち(2) | PMS院長代理・看護部長 | 藤田千代子 |
会報85号(2005年09月28日発行)
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自然の恐ろしさも恩恵も思い知りました | PMS総院長 | 中村 哲 |
| ペシャワール会長に就任して | ペシャワール会長 | 後藤哲也 | |
| ペシャワール会長退任にあたって | ペシャワール会名誉会長(前会長) | 高松 勇雄 | |
| 医療スタッフの質向上が永遠の課題です | PMS病院事務長 | イクラムラ・カーン | |
| 痛みも喜びも分かち合う文化 | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 神戸秀樹 | |
| 日本人の役割とは何かを考えています | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 村井光義 | |
| 地元農家の信用を大切にしながら | PMSワーカー(農業計画担当) | 伊藤和也 | |
| 虚実ないまぜ、アフガンの魅力? | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 近藤真一 | |
| 検査室を支えてくれるスタッフたちのこと | PMS臨床検査技師 | 坂尾美知子 | |
| 新札をめぐる小さな攻防 | PMSワーカー(会計担当) | 中山博喜 | |
| たのもしきPMSの現地スタッフたち(1) | PMS院長代理・看護部長 | 藤田千代子 |
会報84号(2005年06月29日発行)
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第一弾500ヘクタールの灌漑始 まる -2004年度を振り返って |
PMS総院長 | 中村 哲 |
| 2004年度会計報告 | ペシャワール会事務局 | ||
| 将来見据え継続する灌漑事業 | ペシャワール会事務局長 | 村上 優 | |
| 井戸掘り事業は最終ラウンドです | PMSワーカー(井戸担当) | 芹沢誠治 | |
| ダラエ・ヌール診療所へのニーズ が高まっています |
PMSワーカー(ダラエ・ヌール 薬局担当) |
紺野道寛 | |
| ようやく人心地のつく宿舎ができ ました |
PMSワーカー (ジャララバード支部会計) |
松永貴明 | |
| 農業計画の一年 | 農業指導員 | 高橋 修 | |
| 熱砂のアフガンで「身体」を取り戻 しました |
PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
杉山大二朗 | |
| 大工事から買い物まで、すべてに 助け合った二年間と |
PMSワーカー (ペシャワール事務所) |
鈴木祐治 | |
| 用水路は想像を超えるスケール でした |
ペシャワール会事務局員 | 井上龍一郎 | |
| 憧れのシスターに会えて | ペシャワール会事務局員 | 溝口博子 | アフガン閑話その2・クーチー | PMSワーカー (灌漑用水路建設担当) |
鬼木 稔 |
会報83号(2005年04月18日発行)
| 失望と希望のアフガン復興 | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 自らの弱さを再認識させられる毎日です | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 重住正幸 | |
| 厳しいが、人が人として生きられる大地 | PMSワーカー(農業計画担当) | 橋本康範 | |
| 病も人も文化も、初体験づくしの3年間でした | PMS医師 | 仲地省吾 | |
| 実践の力を学んだ2年間でした | PMSワーカー(灌漑用水路建設担当) | 鈴木 学 |
会報82号(2004年12月15日発行)
| 忍び寄る混沌 | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 診療体制の混乱にとまどっています | PMS看護部長・院長代理 | 藤田千代子 | |
| 素人技術者の挑戦 | PMSワーカー(灌漑用水路計画担当) | 鬼木 稔 | |
| 猛者ぞろいの掘削現場で | PMSワーカー(灌漑用水路計画担当) | 進藤陽一郎 |
会報81号(2004年10月13日発行)
| わが内なるゴーシュ | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| アフガン復興、まずは人々の生活から | PMS副院長 | ズィア・ウル・ラフマン | |
| 頼もしきアフガン・レイバーたちと | PMSワーカー(灌漑用水路計画担当) | 鈴木 学 | |
| 共に働く。人と人を結ぶ | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 神戸秀樹 |
会報80号(2004年07月07日発行)
| 進まぬ復興、遠のくアフガン-2003年度を 振り返って |
PMS総院長 | 中村 哲 | |
| PMS病院検査室のある一日 | PMS臨床検査技師 | 坂尾美知子 | |
| 用水路への期待は想像以上です | PMSワーカー(灌漑用水路計画担当) | 伊藤和也 | |
| 倹約の精神で備品購入に奔走 | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 本田潤一郎 |
会報79号(2004年04月14日発行)
| 難工事乗り越え、用水路ついに通水 | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 寄る辺なき患者さんの「砦」として | PMS医師 | 仲地省吾 | |
| 困難を友とし、ユーモアを糧として工事完遂 | PMSワーカー(水路・灌漑計画担当) | 石橋忠明 | |
| 重機購入の特命帯び、カラチへ行ってきました | PMSワーカー | 近藤真一 | |
| 用水路建設の最前線から | PMSワーカー(水路建設担当) | 鈴木 学 |
会報78号(2003年12月17日発行)
| 混乱の政情下、水利事業は総力戦へ | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 井戸と用水路建設の事務方で奮闘中です | PMSワーカー(ジャララバード事務所駐在) | 大越 猛 |
会報77号(2003年10月15日発行)
| 平和を耕すPMS | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 患者との意思疎通に苦労と喜びを感じています | PMS医師 | 仲地省吾 | |
| 現地スタッフとともに受付、カルテの改善 | PMSワーカー(ダラエ・ヌール診療所駐在) | 鈴木祐治 | |
| 人材も作物も、大切に育て続けましょう | 農業指導員 | 高橋 修 | |
| 蛇籠は完成、次は聖牛です | 駐ダラエ・ヌール(水路計画担当) | 鈴木 学 |
会報76号(2003年07月09日発行)
| 病と争いの根幹に楔を打つ -2002年度を振り返って | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| PMSへの期待の大きさを日々痛感 | PMS医師 | 仲地省吾 | |
| 我々の事業を支えているのは信頼関係です | PMS院長代理・看護部長 | 藤田千代子 | |
| 蛇籠・聖牛の生産に奮闘しています | PMSワーカー(水路・灌漑計画担当) | 鈴木 学 |
会報75号(2003年04月16日発行)
| 実事業をもって平和に与す | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 中古車購入の急務帯びカーブルへ | PMS現地連絡員(ジャララバード事務所) | 黒澤 力 | |
| 会計を通じて信頼構築 | PMSワーカー(会計事務担当) | 中山博喜 | |
| 作物は順調に根付いています | PMSワーカー(農業計画担当) | 橋本康範 | |
| 一通の嘆願書 | 駐ジャララバード事務所(水利計画担当) | 目黒 丞 |
会報74号(2002年12月18日発行)
| 悲憤超え、希望を分かつ | PMS総院長 | 中村 哲 | |
| 熱帯医学の国際学会に参加しました | PMS医師 | 仲地省吾 | |
| 英語交じりのウルドゥー語で苦戦しています | PMS病院検査技師 | 坂尾美知子 | |
| どれも無骨であたたかみのある手ばかりなのです | PMSワーカー(ジャララバード事務所) | 馬場哲司 | |
| アフガニスタン…百年一日の如き国 | PMSワーカー(農業指導員) | 高橋修 |
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