内田第三茶業農協協同組合

(杉森)


天皇杯 日本一に輝いた杉森のお茶

100-053.jpg

cup.jpg

 昔からこの地区は、お茶と米づくりの農業を行っていました。段々畑の茶園で生葉をつんで、それを茶かごに入れかついで売っていましたが、あまりお金はもうかりませんでした。一軒の農家だけでは収入が十分でないので、地区の仲間が力とお金を出し合って、製茶工場(お茶を作る工場)をたてる地区が増えてきました。
 杉森地区は、他地区に比べて山の中に小さな茶園が多くある地区で、お茶を栽培するには難しい畑が特に多かったのです。みんなで製茶工場をたてたくても、なかなか話は進みませんでした。しかし、このままでは農業で生活ができなくなってしまうという危機感を感じ、何度も話し合いが行われた結果、製茶工場をたてることが地域づくりになるので、みんなでお茶の近代化に取り組もうということになりました。
・自動車で行ける平らで大きな茶園にしよう。
・茶園ができたら、製茶工場を建設しよう。ということが決まりました。
 昭和51年3月28日に、内田地区では三番目の内田第三茶農業協同組合が26戸の組合員により設立されました。
 それから、さまざまな努力と工夫を重ね、お茶を飲んでくれる人が喜んでくれるように、「来年も内田第三茶農協のお茶を飲みたいな」と言ってくれるように、暑い日も寒い日も一生懸命にお茶づくりにがんばってきました。
 その努力が認められ、これまでたくさんの表彰をされました。特に、昭和60年に第24回農林水産祭で『天皇杯』を受賞したことは大変に名誉なことで、組合員はもちろんのこと菊川町の皆さんに喜んでいただきました。天皇杯を受賞したということは、よいお茶をつくっていることだけでなく、そのことに地域全体が一丸となって取り組んでいる様子が認められたということで、「日本の中で一番がんばっているね」と誉めてもらったということです。