凱 旋 山(がいせん山)

(森)


時代の移り変わりに流されて



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 森地区の西に高い野山があります。そこを凱旋山と呼んでいます。そこには、日清戦争と日露戦争に戦いに行って、無事帰国した人たちの紀念碑があります。
 「日露凱旋紀念園」と表に記されています。裏には戦争に出かけた人たちの栄誉をたたえる氏名が彫られています。凱旋山の周囲には、たくさんのさくらの木が植えてあります。りっぱなさくらの木で、春には見事な花を咲かせます。そのころになると、戦争に参加した人や村人たちが昔をなつかしく思いだしたものです。
 第二次世界大戦が始まると、もっとその山の紀念碑や山を大切にするようになりました。3月10日の陸軍記念日には、一つの行事として子どもから大人まで、おおぜい集まり式典が行われていました。
 しかし、戦争に敗れると紀念碑をたおして、それを土の中に埋めてしまいました。アメリカ兵に見つかっては、面倒なことがおこるからでしょうか。
 けれども、いつ誰によって掘りおこされたかわかりませんが、紀念碑はもとのように建てられています。ここには、もう一つ、
新池をつくったときの「澑池新等紀念碑」もあります。
 毎年、さくらの花は咲きますが、人のおとずれることもなく、草の生い茂る中に、こけの生えた碑がひっそりと建っています。新池に魚つりに来る人は、多くなりましたが、この凱旋山の二基の紀念碑には、なかなか気づいてはくれないようです。
 今、有志の人たちが時々、下草刈りをしています。
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