覚賢坊神社

(杉森)


明治初期に村民の安全を願って建てた

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 江戸時代のおわりから明治のはじめにかけて大きな政変がありました。武士の徳川家から天皇に政治が移ることで、大政奉還と言います。このころ、飢餓(食べるものがなくて飢えること)や地震、火災があり、伝染病も発生して村人の間で不安がつのりました。
 村人の不安を、少しでも取りのぞくために、明治5年(1872年)に静岡市の祈祷師である高井日證先生によって村内安全・火除け(火災にあわない)・盗除け(盗みに入られない)・五穀豊穣(作物がたくさんできる)を願って建てられたのがこの覚賢坊神社です。
 この神社は、御門・杉森・加茂にあり、杉森では「天宮さま」とよんでいます。杉森の人たちは、安全を願って3軒1組(3人)で、毎月境内をお掃除し、お祭りにはしめ飾りを飾り、正月にはお供え物(お餅)をあげて、今でも大切にしています。