源 譽 院

(杉森)


戦いで亡くなった人をとむらうために建てたお寺

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 むかしは、強い武士たちがほうぼうに立てこもって、戦いをした時代がありました。そのたびにたくさんの武士やそのけらいたちが命を落としました。
 天正2年と10年(1574年と1582年)に徳川家康と武田信玄が、大東町にある高天神城のうばい合いで戦いをしました。その時、たくさんのけらいたちが命を落としました。源譽院は、これらの戦いで命を落とした人たちをとむらために建てられたお寺といい伝えられています。
 明治20年頃(1887年頃)には遠江国城東郡新四国第14番霊場として、弘法大師というえらいおぼうさんをおまつりするようになりました。昭和2年に信者がお寺の境内に弘法堂を建てました。


のりのみず

そのみなもとや

げんよいん

はるはさくらの

じょうどなりけり


 この歌のように、源譽院は仏のいるきよらかなお寺ということでお参りをする人がたえなかったそうです。
 源譽院は、今はなく、本堂は杉森の公会堂として使用されてます。また、ご本尊の弘法大師像は、応声教院にまつられています。