内 田 銀 行

(段平尾)


私たちの内田にも銀行がありました。



100-164.jpg   内田銀行は、明治32年(1899年)6月に中内田村に設立され、信州街道(秋葉街道、塩の道)沿いにありました。当時の日本は日清戦争(明治27〜28年)の勝利で好景気となり、銀行がたくさんつくられました。特に小笠郡には明治34年(1901年)には28もの銀行がありました。そのひとつが内田銀行だったのです。近くでは、内田銀行のほかに、堀之内銀行、西方銀行、加茂銀行、城東銀行、仁王辻銀行等がありました。
 明治の終わりから大正の中ころには、県外に移転する銀行が相次ぎ、小笠郡の28行の内、9行が移転しました。例えば、堀之内銀行は大阪へ移転し、西方銀行は神戸へ移転しました。
 関東大震災(1923年)のころから、合併が盛んになり、内田銀行も昭和4年(1929年)に上内田銀行(上内田村)、土方銀行(土方村)と合併しました。また、加茂銀行は、昭和2年(1927年)大坂銀行(大坂村)などといっしょになって協和銀行(平田村)を設立しました。昭和7年(1932年)末には小笠郡下で残ったのは、内田銀行、掛川銀行、池新田銀行、協和銀行の4つとなりました。
 昭和10年(1935年)、掛川銀行は協和銀行と合併し、2年後、その協和銀行は遠州銀行(浜松市)と合併しました。また、池新田銀行は解散し、残ったのは内田銀行だけでしたが、昭和14年(1939年)浜松銀行と合併し内田銀行は消えました。その浜松銀行も昭和18年(1943年)静岡銀行に合併しました。この他,たくさんの銀行が一つになって今の静岡銀行になりました。

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