栗 田 土 満

(東平尾)


内田で生まれたすばらしい学者、栗田土満



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 平尾八幡宮の道をはさんで向かい側に、「栗田土満翁生誕地(生まれたところ)」という案内板が立っています。
 栗田土満は、江戸時代の中ごろ元文2年(1737年)に、城東郡平尾村(今の菊川町中内田)の平尾八幡宮の神主の長男として生まれました。八幡様の前の県道を渡ると、緑のきれいな茶畑が広がっています。ここが土満の生まれたところで、今も、そのころの屋敷のあった跡が残っています。
 明和4年(1767年)年に、31歳で賀茂真淵という先生の教えをうけて勉強し、39歳で本居宣長という先生について勉強した国学者(日本ならではの精神を研究する学問を勉強した人)です。また歌人としても有名でした。
 土満54歳の時、(1790年)に、学び屋を平尾の地に完成させました。「岡廼舎:岡の屋(おかのや)」といわれ、今の研究室、図書室のようなものです。そこで、「国学や和歌」についてみんなにいろいろ教えたということです。土満が書いた本はたくさんありますが、「日本書紀」を解説した本「神代紀葦牙」なども書き、ずいぶんよい本だと評判になったようです。昭和54年には神社境内に記念の石碑も建てられました。
 石川依平(歌人)、栗田真菅(歌人)、小国重年(小国神社)ら、栗田土満の教えをうけた人も多くいました。
 栗田土満は、遠州国学の中心人物の一人だったのです。土満は、文化8年(1811年)、75歳でなくなっています。
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