裏山の切り通し

(西平尾)


毎日の農作業の場所に行ける近道ができた。



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 西平尾枯木ヶ谷の北側に東西に20mくらいの高さの山が続いています。石田幸雄さん宅のすぐ裏にその山を二つに分ける切り通しが造られています。道はばは、リヤカーで十分通ることができるくらいです。この切り通しは40〜50年くらい前までは山の向こうに行く農道として、多くの人々に使われていました。大人だけでなく、山の中をとびまわって遊ぶ子どもたちもよく知っている場所でした。
 この切り通しには多くのお話が残されています。明日の朝、しもがおりそうだという夜は、ちょうちんをつけたリヤカーや荷車に、お茶にかけるむしろやこもを山のように積んで、茶畑に急ぐ人々のにぎやかな声が聞こえたそうです。また、山の中をかけまわっていた野うさぎが切り通しをとびこえられなくて下へ落ちてしまったのでしょう。早起きで畑仕事に行った人には思わぬごちそうが手に入って、食卓をにぎわしたということもあったそうです。畑で急病人が出て、この道を背負って通ることもありました。小さなカニやイモリやコウモリもいました。
 この切り通しに立ってみると、いつごろ、だれの手でつくられたものか、知りたくなります。つくったのは、石田幸雄さんの曾祖父(ひいおじいさん)源蔵さんのお話によると、その二代前の幸蔵さん(文久2年没)という人だといわれているそうです。この人はとても働き者でした。裏の谷へ行くには,遠回りをしなくてはならなくてたいへんでした。重い農具を背負っていたのでなおさらです。そこで、遠回りをしなくてすむように、切り通しをつくったのです。月の光でひたすら岩を割っていったそうです。それから、みんなで道の手入れをして大切に使ってきました。ぜひ、みなさんも切り通しに立って上を見上げてください。