子安鬼子母神菩薩(こやすきしぼじんぼさつ)

(高田)


子さずけ、安産、子育てのかんのんさま



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 下高田の子安様は、いつ頃からまつられてきたか、はっきりしません。この地区は、昔から菊川がはんらんしたり、大地震が起こったりして家や田畑が流されたり、こわされたりし、また、ききんに見舞われたり、えき病になったり、苦しい事がよく続いたところです。
 こうした災なんから、せめて子どもだけは助けたいとお母さん方がまとまり、いつの頃からか、子安講をつくりまつり始めたと思われます。
 子安神は、安産の神様で、コノハナサクヤヒメノミコトが戸のないごてんにこもり、火の中で3人の子を産み、無事に育てたことから祭神としてまつられるようになりました。飛鳥時代のころから仏教がさかんになり、32地蔵の内の子安地蔵、その仏がこの地方に子安講をつくるもとになったと伝えられています。
 また、鬼子母神についてはこんなお話があります。ハーリーティという鬼神の娘が 500人の子を産みながら、心が鬼となり、他人の子をとって食べたので、人々から恐れられました。そこで、お釈迦様が 500人目の子をかくしてしまいました。半狂乱になった鬼神の娘がお釈迦様に相談したところ“1人の子でさえこのように狂う、子をとられた親の心を考えよ”とさとされました。鬼神の娘は、心を入れかえ子どもを大切にすると誓い、仏の弟子になりました。
 こうした言い伝えから、子どもができない夫婦、子どもが病弱な親たちが信仰して、よい子がさずかるように祈ったのがはじまりと言われています。
 この地区でも、同じように地蔵さんと母神さんと両方を一緒にまつるようになったと思われます。
 毎年、7月17日に大祭をおこない、子ども用の花火などたくさん用意し、子どもの成長を祈って、念仏を唱え供養を行います。