二 宮 金 次 郎 像

(内田小学校)


みんなのお手本、二宮金次郎



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昭和9年 森・稲荷部報徳社から寄贈

 内田小学校の正門右側にまきをかついで、本を読んでいる石の像があるのを知っていますか。これは日本中の子どもたちのお手本となった「二宮金次郎」の像です。
 金次郎は1787年に 小田原市郊外の豊かな農家に生まれました。しかし、たびたびおこる川のこう水で田畑が荒れ、食べる米もないほど困りました。そのうち、お父さんが病気になり田畑も人手にわたってしまいました。金次郎は、お母さんを助けて、昼は田畑の仕事や山にしばかりに行きました。夜は遅くまでわらじを作り、少しの時間があると勉強にはげみました。
 13才の時にお父さんがなくなり、15才の時にお母さんにも先立たれ、兄弟は親戚の家に引きとられ別れ別れになりました。しかし、金次郎は苦労や貧しさに負けず、懸命に働き20才の時には人手にわたった田畑を買いもどしました。そんな金次郎に村人はみんな感心しました。
 その後、金次郎の行いは幕府にも認められ、荒れ果てた村の建て直しをたのまれ活躍しました。金次郎は亡くなるまで世のため人のために働きました。金次郎の行いは日本中の人々に感動をあたえ、小学校唱歌にもなりました。今でも日本の小学校の校庭に金次郎の像が多く見られます。
 ※ 金次郎は後に尊徳といいます。

 しばかり縄ない
 わらじをつくり
 親の手を助け
 弟を世話し
 兄弟なかよく
 孝行つくす
 手本は二宮金次郎
(尋常小学校唱歌)