上の原のお墓様  

(森)


  村人が、高天神落ち武者の霊と出会った。



100-129.jpg

 大正2年(1913年)2月の上旬、栗原の鈴木新太郎さん(現 御門鈴木孝さんの祖父)が山を切り開いていたところ、誰ともわからぬ古いお墓を見つけました。お墓に手をつけずにかかわりをさけていたところ、新太郎さんは原因不明の眼の病気になり、目が見えなくなってしまいました。
 困り果てた新太郎さんと家族の人たちは、たまたま、堀川義太郎さん(現 堀川仁司さん)の家に来ていたうらない師に見てもらったそうです。姿勢を正し、遠くを見つめ、祈りをあげたうらない師は、次のように言いました。「高天神の戦いに敗れた武者の霊がこの地に宿っています、先祖と同じように手厚くおまつりしなさい。そうすれば末ながくこの地と新太郎さんの家族は守られるでしょう」
 新太郎さんの家族は、うらない師の言葉を一言ももらさず聞き、先祖様がお世話になる応声教院にお願いをし、お堂を建て、手厚くおまつりしたそうです。そうしたら、新太郎さんの眼の病気は霧が晴れるように治ったそうです。
 このことは広くまわりの人に知れわたり、昼も夜も参拝する人がきて、線香の煙が空をくもらすほどだったそうです。また、このお堂は、上の原のお墓様と呼ばれ、新太郎さんが武者の霊とであった日を縁日とし、毎年、おまつりをしています。大正から昭和のはじめまでは、年2回のおまつりの日に、屋台店が軒を並べ、とてもにぎやかだったそうです。それはあたかも、新太郎さんの功徳に少しでもあやかりたいと願う、名もない人々の心からの祈りの行列だったのでしょう。
 武者の霊と出会った新太郎さんの子孫は、現在もまつりごとを続けています。

100-130.jpg