関口隆吉

(月岡)


ふるさとを愛し、新しい国づくりに尽くした、初代静岡県知事



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初代静岡県知事 関口隆吉

 関口隆吉は今から170年ほど前の天保7年(1836年)、江戸(今の東京都)に生まれました。子どものころから書道などをよく勉強し、武士になるけいこにも熱心だったそうです。
 江戸時代から明治時代へ変わりました。隆吉が活やくしたのは、日本が大きく生まれ変わろうとする時でした。これまで武士だった人たちが仕事を失うなど、たいへんな問題がいくつも出てきました。
 このとき静岡では、今まで武士だった人たちの力で牧之原台地を切り開き茶畑にしようと考えました。明治3年(1870年)、35才の隆吉は家族と共に静岡県月岡村(今の初代関口隆吉菊川町月岡)に移り住み、この大仕事をリードしたのです。その後も才能をはっきした隆吉は、政府の重要な役人として新しい国づくりのために精いっぱい働きました。そして、新しく「静岡県」ができたときには、初めての静岡県知事を任されたのです。
 鉄道(今のJR東海道本線)をしいたり堀之内駅(今のJR菊川駅)をつくったり、菊川の発展にも尽くした隆吉でしたが、鉄道事故のけががもとで、明治22年(1889年)に54才でなくなりました。
 ふるさとを愛し、新しい国づくりに尽くした隆吉は、私たちの自まんであり、今も「関口さん」の愛称で多くの人々に親しまれています。

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隆吉の功績をたたえる碑