矢 多 神 社

(段平尾)


遠い昔から村を見守り続ける氏神様



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 昔は、田や畑で食物を作ったり、山で狩りをしたりして生活をしていました。ですから台風、洪水、地震、津波、長雨、日照り等の自然の力に人々はいつもおびやかされ続けてきました。日照りが続いて農作物がとれなくなると、人々は食べ物に不足し、飢えに苦しみました。人々も生活することにせいいっぱいでしたから、自分たちの生活を守るために争い事がよく起きました。今のように医学が発達していませんでしたから病気になったら治す方法がなく、伝染病が流行すると、あっという間に大勢の死者がでました。ですから人々は、工夫や努力を重ねながら神に祈ることで救いを求め困難を乗りこえてきたのです。
 矢多神社がいつごろつくられたかよくわかりませんが、村人たちの健康、安全と五穀豊穣(米や麦などがたくさんとれること)を願う氏神様としてまつられてきました。近年、神社から室町時代(1336年〜1573年)のものと思われる青銅の鏡が出てきたので、そのころにはすでにお宮があったといえます。しかし時代的にはもっともっと古いといってもよいかもしれません。
 氏子総代の話によると、矢多神社は、もとは熱田、天神、八王子の三つのお宮が一つにまとめられたものと言われています。事実としてはっきりしているのは、慶安元年(1648年)に再建し、その後も何回か建て直しをしたということです。古くは若一王子權現という名前でしたが、明治4年(1871年)に矢田神社と名前をかえました。大正3年(1914年)に拝殿を新しく造りました。昭和20年(1945年)、戦争で空襲が激しくなったころ、小学4年生は矢多神社で授業を受けたこともありました。現在の拝殿は平成6年に建てられました。行事として、1月新年祝賀式、3月天神様、9月津島様、10月例祭、12月新穀感謝祭があります。この行事は昔から受け継がれ、私たちが、今ここにあることに感謝し合うものです。