八 穂 神 社

(政所)


小さな村の小さなお宮



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 現在の耳川は明治22年(1889年)までは、小さいながらも、ひとつの村でした。遠江国城東郡耳川村といいました。戸数はたったの12戸で全国一の小さな村だったかもしれません。(今でも12戸です。)
 そんな小さな村にも、氏神様としてのお宮がありました。
 今からおよそ300年前、江戸時代の初めの頃に建てられました。初めは元若宮八王子社と呼ばれていましたが、明治時代の初めの頃、現在の八穂神社という呼び方に改められたようです。
 おまつりしてある神様は「天忍穂耳尊」のほかに八つです。(お宮の名前と関係ありそうです。)
 八穂神社のお祭りは、毎年10月に行われます。小さな村の小さなお宮のお祭りですので何もありません。でも、終戦直後の食べ物のない頃の子どもたちにとって、お祭りの日に、お宮でお赤飯がもらえることは、とてもうれしいことでした。 
 夏休みにはお宮の木かげで勉強会をしました。秋には椎の実拾いもしました。ですから八穂神社は子どもたちにとって、たいへん身近な場所でした。 
 昭和19年12月7日のお昼ごろ、大きな地震がありました。耳川でも家が倒れたりして大きな被害がありました。その時、お宮の鳥居も倒れてしまいました。大正13年(1924年)に造られた石の鳥居です。今でもお宮の入口に立っていますが、セメントで修理した様子が、はっきり残っています。