常夜灯と富士垢離

(段平尾)


夏祭り行事「さんげ さんげ」



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 富士山は高くて美しい山です。むかしむかし、段平尾に住んでいた人たちは、火を噴く富士山に恐れと自然の力強さにあこがれを抱いていました。今から約500年前、この地方を治めていた殿様、今川氏により広められたという修験道(富士山で修行を積み重ねる信仰)というものがありました。いつ、どこからかわかりませんが、修験道が段平尾にも伝わり、人々の苦難や病苦などを救ったと言われています。しかし、明治維新で政府が修験道を禁止してしまったので、“つどい”の夏祭りの行事として富士垢離を残し、現在まで引きつがれてきたのです。
 その進め方は次の通りです。
@池の水、わき水で体を清める。(現在は省略されている) A小高い所にある常夜灯より3本の竹にたいまつをつけ火どりをする。 B坂を下り富士山の方向に田んぼ道に3本さす。 C105本のたいまつに火をともす。 Dお神酒1升びんにさかきをさしかざる。 E富士山に向かって、老若男女が2組に分かれ、「さあんげさあんげろっこんしょうじょう おしめにはちだいこんごうどうに ぎょうぶのだいにちだいりゅうごんげん きみょうちょうらいなむせんげん だいぼさつ」と 108回歌う。メッセージは「自分だけの欲をすて、みんなが社会のために働けば住みやすい良い世の中になりますよ。」と言うことです。そのあと、酒宴、金魚すくい、くじ引き、花火、おみやげ等があります。
 今から約130年前、内田で学校をどこに作るか問題になりました。月岡南や耳川南等の候補地は整地が簡単ですが、現在の場所は山をくずしたり、うめたりと工事が大変なところでした。しかし、富士山がいちばん美しく見えるところです。いつも日本一の富士に見守られながら、内田の子どもたちが誇りを持ち、健やかなよい子に育つよう、先輩たちが願いをこめて現在の場所に建てたのです。