日本財政法学会二十年の歩み

 

 

 

(以下の文章は、2003年に本学会が、設立20周年を迎えたことを記念して刊行された『財政法講座』に掲記されたものを紹介しています。)

 

 

1 日本財政法学会の設立について

 

一 学会設立の経緯

 

 日本財政法学会は、去る昭和五八(一九八三)年三月一九日東京の「日本大学会館」の設立総会において設立された。同日、設立総会の後、第一回の研究大会も開催された。ここでは、まず同学会設立の経緯について簡単に紹介しておきたい。

 

租税の法的研究は日本ではようやく昭和二〇年代後半において行われるようになった。その意味においては、日本の税法学の研究はすでに三〇年余の歴史を有することになる。しかし、今日なお税法学研究者の数が少なく、多くの大学法学部において税法学の専任スタッフを擁していないという実状にある。ただ、近年ごく少数の研究者・実務家によって急速に租税の法的研究が進められつつあることを指摘することができよう。しかし、それらの従来の租税の法的研究は、固有の意味での「租税」(租税の徴収面)の研究に限定されていた。租税の使途面をも含めたトータルな租税の法的研究が著しく立ち遅れていた。現代国家においては租税の徴収面と使途面とを統合した租税の法的研究が行われなければ、人々の生活・人権の擁護を目的とする法律学の果たすべき使命を達成することができない。いかに租税の徴収面において人々の生活・人権を擁護する法理論を精緻に構築したとしても、租税の使途面において人々の生活・人権を破壊することが行われれば、せっかくの租税研究もほとんど無意味になってしまう。どうしても、租税の徴収面と使徒面とを統合した租税の法的研究、ことばをかえていえば、公財政の総合的な法的研究が必要となってくる。日本財政法学会はこのような要求に応えるために設立されたものである。

 

 租税の法的研究に関する学会としては、「日本税法学会」が昭和二六(一九五一)年に設立された。同学会は、日本の税法学研究の揺籃期において貢献をした。しかし、同学会の運営に問題があるとして、昭和四七年秋に「租税法学会」が設立された。つまり、同じ学問の研究を目的とするほぼ同名の学会が二つできたわけである。いずれの学会も、租税の法的研究といっても固有の意味での租税(租税の徴収面)に関する研究のみを行い、しかも、専ら伝統的な法解釈学的研究を行うものであった。したがって、従来のこのような両学会では、冒頭で指摘した法律学に課された使命を果たすことができないといわねばならない。

 

 そこで、とりあえず昭和五二(一九七七)年九月に財政の法的研究に関心を寄せる有志研究者によって「現代財政法研究会」(代表・小林直樹教授)が設立された。同研究会は財政に関心を寄せる憲法学、行政法学、税法学、社会保障法学、行政学、財政学等の研究者数十名によって組織された。事務局は日本大学法学部の筆者の研究室に置かれ、筆者が事務局長を引き受けた。同研究会は、「財政制度の法的・実証的研究―タックスペイヤーの権利を中心として」というテーマによって文部省の科学研究費の助成を受けた。また、日本法社会学会から「財政過程の法的研究」というテーマによって研究費の助成を受けた。同研究会は年に数回研究会を開き、主として財政当局者からのヒアリング調査により国家財政と地方財政をめぐる法的諸問題を研究した。その研究成果の一部は次のように発表された。

 

(1)昭和五三(一九七八)年秋  北野弘久・吉田善明両教授による日本公法学会報告(『公法研究』〔四一号、有斐閣刊〕に掲載)

(2)昭和五六(一九八一)年春  小林直樹・宮本憲一・小沢辰男・北野弘久・山下健次・三木義一・福家俊朗の諸教授による日本法社会学会報告(『財政と法』〔法社会学三四号、有斐閣刊〕に掲載)

 

 以上のほかに同研究会の従来の研究成果は小林直樹・北野弘久編『現代財政法の基本問題』(岩波書店)にとりまとめられて、刊行される予定〔一九八九年に刊行〕である。

 

昭和五七年(一九八二)年春に前出(2)の研究成果が出版されたが、それを契機として各方面から財政の法学的研究の必要性が指摘されるようになった。具体的に全国的規模の研究組織をつくって欲しいという要望が数多く寄せられるようになった。そこで、昭和五七(一九八二)年六月一日に在京の有志研究者が集まって学会設立の可能性を検討した。引き続き同年七月一六日に第二回の検討会をもった。これらの検討会の成果に基づいて同年八月二〇日付で、日本財政法学会設立準備発起人代表名で、約三〇名の研究者宛に設立準備委員に就任して欲しい旨の手紙を発送した。

 

設立準備発起人代表は、財政に関心を示してきた四名の法学者と隣接部門代表として一名の財政学者をもって構成された。すなわち、北野弘久(税法学)、小林直樹(憲法学)、下山瑛二(行政法学)、吉田善明(憲法学)、宮本憲一(財政学)の五教授である。準備委員候補者として全国の主要大学法学部の法学者のうち比較的に財政に関心をもっておられるとみられる方(二〇数名)と隣接の財政学者、行政学者のうち比較的に法制度論に関心をもっておられるとみられる方(若干名)にお願いすることとした。これにより準備委員を引き受けられた諸教授によって昭和五七(一九八二)年一〇月一〇日に東京・「私学会館」において「日本財政法学会設立準備委員会」が開かれた。同委員会で学会規約案、準備委員の補充、学会運営の基本方針、設立総会・第一回研究大会の持ち方等について審議した。更に、同年一二月二三日在京準備委員会を開催し、学会入会の呼びかけについての具体的要領、設立総会・第一回研究大会の持ち方についての細目等を審議した。

 

 これらの審議の結果に基づいて昭和五八(一九八三)年一月下旬、「日本財政法学会の設立について」という文書が発送された。発送先は、日本公法学会、日本財政学会、日本行政学会の各会員の全員とこれらの三学会以外の研究者で比較的に財政の法的研究に関心をもっておられるとみられる者の若干名である。参考までに呼びかけ文書の全文を以下に紹介しておきたい。

 

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日本財政法学会の設立について

 

 最近における「財政危機」に象徴されますように、財政の問題は、人々の生活・人権に重大な影響を与えております。財政のあり方については、従前、経済学・行政学等の観点から研究されてきましたが、法律学の観点からの研究はきわめて稀薄でありました。財政の法律学的研究は今日、法律学会に課された急務の一つであります。わたくしどもは、財政の法律学的研究の必要性を痛感し、この度、日本財政法学会を設立することといたしました。もとより、この学問は何分にも未開拓で、しかも境界学問分野でありますので、経済学・行政学等の分野の方々のご協力も不可欠であります。

 そこで、この学問の重要性について皆様方のご理解をいただき、ぜひ本学会へのご参加をお願いしたいと存じ、ここにご案内申し上げます。

   一九八三年(昭和五八年)一月

               日本財政法学会設立発起人・準備委員代表

                        北野弘久(日本大学)

                        小林直樹(専修大学)

                        下山瑛二(東京都立大学)

                        吉田善明(明治大学)

                        宮本憲一(大坂市立大学)

   同設立準備委員名(略)

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 以上の呼びかけにより、約四百数十名の研究者が入会された。

 

 

二 学会設立と第一回研究大会

 

 設立総会は、さきにも紹介したように、昭和五八(一九八三)年三月一九日(土)午前一〇時から、東京・「日本大学会館」において開催された。同設立総会および設立総会終了後同日の昼食時に第一回理事会が同会場で開催された。設立総会および第一回理事会で決定されたことがらは次のごとくである。

 

 (1) 第一回研究大会の成果は『法律時報』(日本評論社)に掲載する。学会機関誌の発行については別途、事務局において二、三の出版社と交渉を進める。

 (2) 上記『法律時報』の掲載による原稿料のうち二〇%相当額は学会収入とする。

 (3) 学会設立準備費用(全額)三三八、四二五円を現代財政法研究会が負担し、同研究会から学会へ寄付する。

 (4) 学会費は年二〇〇〇円とする。

 (5) 大会については毎年一回、三月中・下旬に、当分の間、東京(その周辺を含む)で開催する。

 (6) 次回研究大会については、一九八四(昭和五九)年三月二一日(水)東京・中央大学理工学部校舎(大会幹事・山本徳栄)で行う。

 (7) 若手研究者のために自由論題報告を募集する。報告希望の会員は九月三〇日(必着)までに報告論題と報告概要とを理事の推薦を付して、事務局へ申し込む。その採否は理事会で決定する。

 (8) 事務局は〒一〇一東京都千代田区三崎町二−三−一  日本大学法学部一八〇四研究室に置く。

 (9) 理事は阿部照哉(京都大)、阿部泰隆(神戸大)、新井隆一(早稲田大)、遠藤博也(北海道大)、小川政亮(金沢大)、北野弘久(日本大)、小島昭(法政大)、小林直樹(専修大)、坂本重雄(静岡大)、佐藤進(東京大)、佐藤進(日本女子大)、下山瑛二(東京都立大)、杉原泰雄(一橋大)、隅野隆徳(専修大)、手島孝(九州大)、中川剛(広島大)、中西啓之(自治体問題研)、永良系二(龍谷大)、原野翹(岡山大)、南博方(筑波大)、宮本憲一(大阪市 立大)、室井力(名古屋大)、山下健次(立命館大)、山本浩三(同志社大)、山本徳栄(中央大)、吉田善明(明治大)の諸氏である。

 (10) 監事は小沢辰男(武蔵大)、加藤一明(関西学院大)、高柳信一(専修大)の諸氏である。

 (11) 事務局構成理事を置くこととする。同理事は、新井隆一(法律学)、北野弘久(事務局長)、小島昭(行政学)、小林直樹(理事長)、佐藤進(財政学)、下山瑛二、吉田善明(財務担当)の諸氏である。

 

 同学会の規約のうち、主要な条項を紹介しておきたい。

 第一条に「本会は、日本財政法学会(Japan Association of Public Finance Law)と称する」との規定がある。同学会の目的として、第三条は「本会は、日本国憲法の理念に立脚し、財政に関する法律問題を関連諸科学の協力を得て総合的に研究することを目的とする」と規定する。さらに、同学会の事業として第四条は、(1)研究者の連絡および協力促進、(2)研究会、講演会および講習会の開催、(3)機関誌その他図書の刊行、(4)外国の学会との連絡および協力、(5)その他理事会において適当と認めた事業、を規定する。さらに同学会の会員資格については、第五条、第六条で規定している。それらによると、会員は「財政に関する法律問題に関心を有しその研究に寄与し得る者」とされ、「会員になろうとする者は、会員二人の推薦を得て理事会の承認を受けなければならない」とされている。

 第一回研究大会と討論は、新井隆一・吉田善明の両教授の司会で同日午後一時から同会場で開催された。報告テーマと報告者名は次のごとくである。

 

(1) 財政法学会設立の意義―あいさつ

  下山瑛二(東京都立大学)

(2) 財政法学会設立の意義―憲法学における財政

  小林直樹(専修大学)

(3) 財政法学の可能性―経済学から

  宮本憲一(大阪市立大学)

(4) 財政法学の可能性―法律学から

  北野弘久(日本大学)

 (5) 総括討論

 

 財政学者、行政学者、実務家の諸会員をも含めて真摯にかつ活発に討論が行われた。この研究大会の成果は『法律時報』五五巻六号(昭和五八〔一九八三〕年六月号)に掲載された。すなわち、同誌には特集「現代財政法学の課題」のもとに、「現代財政法学の課題」(下山)、「財政法学の課題」(小林)、「国民の財政権を求めて」(宮本)、「財政法学の可能性と課題」(北野)、「財政法学会シンポジウム・財政法学の可能性」(新井・吉田)の諸論文が収録されている。

 政治は、所詮、租税を徴収し租税を使用する作用であるといえる。その意味において、この国の政治を民主化し人々の生活・人権を確保するためには、租税の徴収面と租税の使途面の双方の財政過程に対して法的コントロールを保障する制度を確立することが大切である。このことは、「財政危機」や「平和憲法の危機」を克服するためにも不可欠であるといえよう。日本財政法学会は、そのような課題に応えるために微力を尽したいと念じている。そのためには、さまざまな分野の研究者の協力を得て、まずこの学問の基礎的概念、理論(予算概念、租税概念、財政民主主義、財政自治権、納税者基本権等々)の構築に向けて地道な努力をしなければならないであろう。われわれは日本国憲法にたいする従来の法理論的理解が妥当であるかどうかの問題にまで遡って検討しなければならないであろう。大方のご協力をいただきたいと思う。

   〔文責・日本財政法学会事務局長北野弘久 財政学研究八号(一九八三年一〇月)〕