理事長からの御挨拶

 

                 日本財政法学会理事長      

                            甲斐素直        

                 (日本大学法学部教授)

 

 20133月の理事会におきまして、私が、日本財政法学会理事長に互選されました。私は、性格的に、長となって他を引っ張っていくというよりは、優れた長に対してアシスト役を務める方が向いているタイプだと、自分自身では考えており、その意味では理事長に適任とは申せません。しかし、当学会の置かれている現在の厳しい状況を考えると、私なりに微力を尽くし、次の世代に無事に当学会を引き継ぐことが、学会員の一人としての責務であると考え、引き受けた次第です。

 ここで、簡単に自己紹介させていただくと、私は、母校、日本大学卒業後、会計検査院に奉職し、ちょうど20年目の時点で、司法検査課長を最後に同院を辞任し、母校に戻り、教鞭を執るようになって今日に至っております。

 私が、会計検査院に奉職した理由は、ある意味、不健全なものでした。他の学問分野では、一般に対象領域に対するフィールドワークを行って資料を収集し、それをベースに研究します。しかし、法律学では、裁判を通じて、研究に必要な情報が潤沢に供給されるので、フィールドワークに換えて、判例の研究を行うのが普通です。しかし、憲法学のうち、統治機構に関する領域は、わが国憲法訴訟が基本的に採用する付随的審査制から、司法審査になじまないため、研究の基礎となる情報を、判例から得ることができません。したがって、適切な学問研究を行うためには、フィールドワークを通じて調査を行う以外に研究手段は無いわけです。私は、その統治機構の研究者となる事を志していました。そこで、わが国統治機構の領域全体に対して、効率的にフィールドワークを行う方法は無いものかといろいろ考えた末、会計検査院の存在に注目しました。内閣及びその下にある行政庁ばかりでなく、国会や裁判所を含む、全国家機関に対する調査権限を併せ有する唯一の機関からです。その職員になれば、検査活動を通じて、統治機構そのものに対する学問的調査を行うことができると考えたわけです。

 こうした不純な奉職動機を公言したにもかかわらず、採用して下さり、また、在職中に、ドイツにおいて、2年間もの在外研究の機会を与えてくれた会計検査院に対しては、感謝の他はありません。こうした奉職動機から、私は、限られた在職期間内に、可能な限り多くの国家機関に対する調査を実施したいと希望しました。会計検査院は、財政監督に当たり、基本的に垂直検査、すなわち、各省庁に対応した形に検査課を設置し、縦割り的に検査を行うという手法を採用しています。しかし、それでは各省庁と同じ盲点を、会計検査院も共有することになります。そこで、垂直検査に加えて、横断検査、すなわち、テーマ別に、それに関係する活動を行う全国家機関を横断的に検査するという形の会計検査の導入を、私は積極的に主張しました。ありがたいことに、在職期間中のかなりの割合を、それを担当して過ごすことが許されました。私が在職中には、横断検査は、事務総長特命に基づくAd hocな検査という位置づけでした。しかし、今日では、常設の検査課の一つとなっています。そのことに、一臂の力を貸せたことは、私の誇りです。

 そのおかげで、20年という限られた期間に、ほぼ全国家機関の実際の活動を、現場で知ることができました。こうした蓄積の上に立って、大学に戻ってからは、憲法・財政法の研究を行ってきました。

 さて、日本財政法学会は、厳しい状況にある、と上述しました。当学会が、現在抱える最大の問題は、その学会名にも関わらず、財政基盤が極めて脆弱であることです。そのため、年1回の研究大会を開催し、その内容をまとめた叢書を発行するだけでも、財政的には大変辛いという状況が続いています。

 この問題は、決して近時になって、新たに発生したものではありません。6年前の碓井前理事長の就任挨拶においても、ほぼ同様のことが述べられております(財政法叢書24168頁以下参照)。ただ、その時の財政危機は、本学会叢書の刊行に長年ご尽力下さった龍星出版の廃業に伴う混乱から、叢書の出版経費が跳ね上がったことに大きな原因がありました。その事態は、現在、本叢書の刊行を担当している全国会計職員協会の好意ある扱いにより、いったんは切り抜けることができました。さらに、ホームページの開設、財政法判例研究会の発足といった一連の改革を、碓井前理事長は推進されました。

 残念ながら、そうした改革の賞味期限が、今や尽きつつあるらしく、当学会の会費収入は、近年急速に低下しております。学会というものの本質的宿命から、それ自体として利潤を獲得する活動を行うことはできず、基本的には会員の皆様からの会費収入に依存せざるを得ません。その会費収入が低下していると言うことは、我が学会の活動に魅力を感じる会員が減少していると言うことを意味します。その事を考えると、学会活動の魅力をいかに増すかということが、学会執行部としての最大の使命である事は明らかと言えます。

 東日本大震災の復興という大きな財政負担がある中で、安倍政権は、長引くデフレ・円高から脱却し、インフレ・円安に転換して、雇用や所得の拡大を目指すとして、中央銀行が国債を買い入れる量的緩和策を強力に推進し、より財政赤字を拡大する方向に大きく舵を切りました。この政策は、これまでのところは上手くいっているように見えております。

 しかし、政府の採用しているこのような、世界でもこれまでにない新しい方向性が、わが国の今後にどのような影響を与えるのかについては、私自身は大変大きな危惧を有しております。少なくとも、私がこれまで学び、親しんできたドイツ流の健全財政主義を基調とした考え方からすれば、きわめて危険な政策であることは明らかです。これまでは、デフレに伴う低金利のおかげで、国債発行に伴う金利負担は最低限に抑えられていたため、多額の赤字国債の発行に伴う金利負担は、さほど大きな問題にはなっていませんでした。しかし、今後は、インフレ基調に転換したことに伴い、支払い金利は急速に膨張し、財政硬直化は一段と進むはずです。また、これまでは、円高のおかげで、原油その他、輸入に頼るエネルギー等の原材料経費は低額に抑えられてきました。しかし、今後はこれも急速に膨張し、それに伴い、わが国国際収支は急激に悪化するはずです。

 こうした二重、三重の負担を抱えて、本当に、わが国財政を近い将来に健全化することは可能なのか、は大きな疑問です。いま、わが国は、国の運命を、そして、わが国経済の世界経済におけるウェイトを考えるならば、世界の運命をも賭けて、こういう壮大な財政実験を行っているわけです。

 こうした大きな財政の方向性の変革は、今後の我々の財政法研究に大きな影響を与えることは明らかです。わが国財政の世界的重要性を考えるとき、特に、これをグローバルな視点から評価していうことは、きわめて大事なことであると考えております。米国やEUといった、世界主要国の財政状況が厳しいことに加え、これまで世界経済を牽引しつつあった中国経済にも変調の見えてきた今、財政法研究の重要性はいよいよ増大しております。

 それにも関わらず、財政法学会の財政破綻が危惧されるほど、活動が低調なのは、ひとえに学会運営に、何らかの問題があるためと考えざるを得ません。

 学会員の皆様が積極的に学会活動に参加する意欲を持てるような、特に若手研究者の入会を誘うことができるような、魅力的な学会活動を構築することができれば、おのずと学会としても発展も期待でき、財政基盤の確立も可能になります。そのためにはどうしたらよいか、模索の日々が続いているところです。

 幸いにも、木村琢麿会員(千葉大学)を事務局長とし、板垣勝彦会員(横浜国立大学)、上代庸平会員〈中京大学〉という強力な事務局員の皆さんを得ることができたので、私が方向性さえ誤らなければ、何とか適切な改革を実現できるのではないかと、希望を抱いております。

 私の能力は、きわめて限られたものです。学会をより良くし、学会の財政基盤をより健全なものとするに、今後どうしたらよいか、については、衆知を集めて対応する必要があると信じます。

 学会員の皆様、私まで、忌憚の無いご意見、ご要望をお寄せ下さいますよう、お願い申し上げます。

皆様とともに「財政に関する法律問題」を研究していきたいと思います。